サイバー空間という闘争領域とその拡大
慶應義塾大学SFC研究所 上席所員 小宮山 功一朗氏に聞く(1)

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

日本ほどインターネットの規制に国家権力が抑制的な国はない

日本はどのような位置づけになるのでしょうか。

小宮山 私が研究してきた中で、日本ほどインターネットの規制に国家権力が抑制的な国はありません。アメリカもイギリスも、またリベラルだと言われているカナダですら、警察やインテリジェンス機関が市民間のさまざまな情報を精査して、そこにテロの芽がないかどうかを監視しています。

それは、サイバーセキュリティ基本法が成立したものの、それが機能していないという法律上の問題でしょうか。または、デジタル庁ができたけれど、安全保障についてはまだ縦割りの行政になっている、というような行政上の問題でしょうか。

小宮山 法律や行政以前の問題があると思います。1 つには、まだ治安がよいという認識があることと、諸外国からの脅威もあまり感じずに生活できている、ということがあります。たとえばシンガポールやアメリカ、イギリスでは、そのようなことはありません。治安が悪いし、テロリストもいるし、家の近所に英語を話せない人たちが引っ越してきた、ということも多いですから、国家が管理してくれないと安全が保たれない、という国民からの要望があります。もう 1つは、やはり太平洋戦争中に大政翼賛会が国民の言動を誘導し、選挙に干渉し、その結果大きな戦禍に巻き込まれて敗戦した、という負の記憶が国民感情に強く残っていることです。だからこそ、憲法第 9 条には専守防衛が大きく書かれ、第 21 条で通信の秘密を侵すことが禁じられて、それを最も大事なものとしてきているんですね。多くの日本人にとって、法律どうこうよりも、憲法を超えて通信の秘密を割り引いて考えることは、現実的ではありません。「メールなどのメッセージを国が監視することが必要か」と聞かれると、日本人のほとんどの方は「それはプライバシーの侵害で、私たちはそんなことは求めていない」とおっしゃるだろうと思います。これは、世界のプライバシーについてのトレンドから見ると、かなり異質です。

サイバー空間の安全保障という見地から、小宮山さんは日本の現状をどう捉えられますか。

小宮山 国民の安全を守るためには、個人の権利に配慮しつつも、もっと国が規制を強めてもよいと思います。日本では憲法第 21 条に加え、不正アクセス禁止法もあるので、国がネットワーク上の監視をすることができません。その結果、ネットの世界では、掲示板や通信アプリを通じた違法な薬物の売買など、現実の世界で許されないことが、まだまだ野放図に許容されています。私は、まだ少数派に属する意見であることは自覚していますが、ソーシャルメディアやメールのメッセージをある程度監視することが必要だと考えています。もっと規制を強めなければ、国際競争に負けてしまうでしょうし、安全保障上の大きなリスクを負うことになると考えています。

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