元グーグル米国本社副社長・村上 憲郎氏に聞く
(2)非連続に変化する量子の時代を生きていくためのヒント
「しないことリスト」で機能的価値観から抜けだす
桐原 村上先生は、ご自身が飛躍する発想の素地ってどういうところにあるのでしょうか。
村上 我々の世代は、ここら(神田界隈)で石を投げたり火炎瓶投げたりしていた人たちですから、トロツキー思想なんですよ。分かりやすく言うと、打倒ソ連、打倒中国だったんです。
桐原 反スターリン主義。
村上 そう。「反米反スタ」ですからね。私の場合、その後、反米はどこかに行っちゃいましたが。
桐原 強引かもしれませんが、カール・ポパーという科学哲学者が、ヘーゲルから連なるマルクス主義を否定しています。ポパーは『歴史主義の貧困』(日経BPクラシックスシリーズ/岩坂彰訳)で、歴史に法則がありそれが発展していくという考え方を貧困なもので、論理的に成立し得ないと徹底して批判しています。お話をお聞きすると、村上先生からは、権威主義的なものやそれこそ決定論的な考え方に対して、批判的な精神というものを感じます。
そんな村上先生から、日本のエンジニアやこの技術の世界で生きている若い人たちに、期待することがあれば、お聞かせいただけますか。
村上 50年前、ゼロからF(=15)まで使って、16進法の機械語プログラミングをやっていた人間からすると、ほんとにITの世界で今起こっていることっていうのは、素晴らしいと思うんですよ。オープンな開発のやり方とか、みんなで品質を管理しようとしている。しかもそれをみんなでシェアしているんですから。自分が今どこそこの企業に所属しているけれども、そうではなくて、ソフトウェアエンジニアのコミュニティに所属していることのほうが大事なんです。「あんたは何者だ」って言われたときに、グーグルの誰それというよりも、ソフトウェアエンジニアリングのコミュニティの何者ということのほうが、価値があると感じているんじゃないかな。そういう意味合いにおいてITが、引き続き、先陣を切っていると考えていい。日本人という国籍でものを考えるのではなくて、“日系地球人”としての振る舞いのほうが価値が高いしリスペクトされる時代なのかなと思います。
クロサカ 量子とかブロックチェーンの話は、何に使えるのという問いを立てて、それに対するストレートな答えをみんな出したいと思っている。でもそうではない世界があるということを、まさしく意識としてどう持てばいいのかということにみんなけっこう悩み苦しむのかなという気がするんです。とりわけITは先ほど村上先生がおっしゃった通り、パワーがすごくある。何かを変えていくパワーがすごくあることに今気づきはじめて改善に使う人たちがものすごく多いわけですよね。なんか新しいことをやっているつもりになっていたんだけど、自分が汗を流して仕上がった部分を見てみたら、結果的には何も変わっていなかったっていうことが往々にしてあるんだと思います。それがたぶんエンジニアのジレンマみたいなところに陥りがちな話だと思います。汗を流したのに変わらなかったというところから抜け出すということが重要です。その方法論を一つだけお話すると、To doではなくてNot to doって考えてみる。
桐原 しないことをリスト化するのですね。
クロサカ しないことをリスト化したり、何に使えるかではなくて何に使えないかを考えたりする。やらないことリストや使えないことリストをつくるとけっこう面白いことが見えてくるのではないかと思うんです。反対側を見るというのは、実は一番単純ですけど効果がある。つまり、表側、To do側の鏡になるから。これが機能的な価値観から離れる一番簡単な方法だと思います。ちょっとだまされたと思ってやってみると、あれ、俺のやってるTo doっていったいなんだったんだということが見えると思うんですよね。
村上 おっしゃる通りですね。To doリストに載っている仕事は、ほとんどクソ仕事でしょう。
クロサカ 「ブルシット・ジョブ」ですね。それもそれで必要ですけど、必要なことしか求められない世界だと、やはり悲しい。
村上 DXというのは、単にファックスで送っていたのをLINEで送ればいいという話ではないんです。それ本当に送る必要がありますかということを問わないといけない。
桐原 私が「IT批評」を立ち上げたときに、ちょうど電子書籍がブームだったんです。そのときに、書籍を単純に電子化したものが書籍なのかと疑問に思いました。書籍の再定義をしなければいけないと巻頭言に書いた覚えがあります。
村上 いま文科省の、GIGAスクールのお手伝いもさせられています。電子教科書もやっていますけど、元の教科書が特別なパブリッシングの仕組みでつくっているので、絵とかテキストとか図とかが分けて取り出すことができない。だから初年度は現場の先生方も自分で教材をつくるしかないから、Google for Educationがただで配られたんでもうそれで一生懸命おつくりになられているんです。できればそのなかで、この単元については山形県のなんとか小学校のなんとか先生がつくったこれが一番いいというのを共有するような仕組みができるといいでしょう。
桐原 それこそオープンにみんなでノウハウを共有するわけですね。
村上 そう。オープンなソフトウェア開発のプラットフォームである「GitHub」みたいなものをつくればいいんですよ。