量子コンピュータをめぐるプラトン主義
アインシュタインとボーア、ペンローズとホーキング

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

岸田内閣が先端テクノロジー分野を明確に国家戦略に位置づけると発表したのは3月のことである。「新しい資本主義実現会議」で策定されまとめられた実行計画には先端テクノロジーとして5つの分野を重点化している。そのなかで私の目を引いたのはAIと量子技術だった。

目次

量子力学の成立に潜む思想的な対立

前回の記事の最後で、ペンローズの量子脳について触れた。イギリスの数理物理学者であり科学哲学者でもあるロジャー・ペンローズは人間の意識、脳の働きとは量子力学の知見によっていずれ解き明かされる。物理学のロジックで人間の心を論じることができるようになると言う。人の脳の仕組み、意識や感情も未来には数式化できるということだ。

量子革命―アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突―

マンジット・クマール 著

青木薫 訳

新潮文庫

ISBN:978-4-10-220081-0

「神」か「なんでもあり」か

アインシュタインが死ぬまで追求し続けたのが、自身がうち立てた一般相対性理論と量子物理学の統一であった。言ってみればそれは世界の真実を唯一の普遍として記述しようとする試みであり、統一理論と呼ばれ理論物理学の夢とされるものだ。統一論とはまさにプラトンのイデア論の子孫であり、人の知性は世界の真実をめぐって何度目かの周回にいる。

プラトンは演劇を拒否し、それによって、われわれの文化をかくも長い期間にわたって支配してきた論理偏重への貢献を成し遂げた。

『知についての三つの対話』(村上陽一郎訳/ちくま学芸文庫)

前回の記事で触れたようにこの世の出来事は洞窟の壁に映った幻影に過ぎないとするプラトンは、演劇など幻影の幻影であり最も不義なものとする。あらゆる芸術を同様に否定する。ファイヤアーベントは世界に対し、わたしたち人が持っている感情や心の動きを離れて論じることはできるはずもなく、従って情動を省いた科学的な真実などないと言う。そして、人の情動を取り込み、世界を記述する古代ギリシャの知的戦略だった演劇を拒否するプラトンをこそ批判するのだ。

権威ある正統性(それを私はこけにする)、委託(専門家に判断を委ねてしまうこと=これを私は拒否する)、そして委託の底流にある術語の曖昧さと専門家の無知である。

『知についての三つの対話』(村上陽一郎訳/ちくま学芸文庫)

知についての三つの対話

ポール・K・ファイヤアーベント 著

村上 陽一郎 訳

ちくま学芸文庫

ISBN:978-4-480-09082-9

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