谷合廣紀四段インタビュー(1)
棋士とAI研究者 二つの顔を持つエンジニアが考えるAIと将棋の関係

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

自動運転の物体認識領域でブレークスルーを目指す

桐原 谷合さんは、棋士と大学での研究、企業での研究と三足の草鞋を履いているわけですが、実際の働き方というのはどんな感じなんでしょうか。

谷合 企業のほうは、週に1回、しかもリモートで家からの参加なのでかなり自由にやらせてもらっています。

桐原 現在は自動運転の研究をなさっているということですが、具体的にはどういう研究でしょうか。

谷合 自動運転はさまざまなプログラムから成り立っているのですが、私がやっているのは、認識の領域です。自動運転車のルーフに乗っている「LiDAR(ライダー)」というセンサーに関わる部分に携わっています。LiDARで取得した点群から物体を検出する部分のアルゴリズムを書いています。いわゆる「3次元物体検出」です。カメラで取得した画像から、画像内の物体を検出する「物体検出」と似たようなタスクです。自分の車の何メートル先に他の車や人がいるのかといった認識をするアルゴリズムを書いています。

桐原 自動運転はAIのなかでもホットなトピックなので、研究のしがいがありますね。

谷合 自動運転はAIモデルのコンペティションもよく行われていますし、データセットも各自動運転の企業が大きなものを出していて、GoogleのWaymo(ウェイモ)だと1テラを超えるようなデータセットが公開されています。ただ自動運転も走る環境によって、それこそ日本とアメリカでは全然ちがってくるので、ティアフォーもそうしたデータセットをつくろうとしています。実際に公道を走ってとったデータも大事なのですが、それだけだと限界があるので、シミュレータ環境の活用も世界的に行われていることです。自動運転車と言ってもいろんなセンサーが考えられていて、どのセンサーがベストなのかは各社とも試行錯誤の段階です。センサーの構成を変えるごとにデータを取り直さなければなりませんし、認識のアルゴリズムの精度が上がった時に、実際に走らせた時にどれくらい変わるのかといったことは、その度に公道を走らせるわけにはいかないので、シミュレーター環境を活用することになります。

メンタルを持たないはずのAIが直感的な手を指すようになった?

桐原 将棋の対局も人間同士であるかぎりメンタルの強さが最終的な勝敗を分ける部分があるように聞いてますが、AIはメンタルに左右されることはありません。そこの違いはどうお感じになりますか。

谷合 たしかにAIはメンタルがないので、人と対局するのとは感じが違って、やりづらさを感じることはあります。人同士であれば局面ごとに相手の手応えみたいなものを感じることができます。同じ人同士でもネットで指すと印象が変わるということもあるので、対面では相手の発する雰囲気も情報として取り入れながら指しているのだと思います。特に何度も対戦している相手だと、癖を覚えていて、表情やしぐさから局面を相手がどう評価しているのか探るということは棋士なら普通にやっていることだと思います。

桐原 なるほど、そういう意味では盤上以外の豊富な情報をもとに棋士の方は勝負に臨まれているのですね。棋士のメンタルが、そうとう鍛えられているという印象もそこからくるものかもしれませんね。

谷合 そうですね。三段リーグの時にメンタルを削られる経験をくぐり抜けてきていますから。26歳までに四段に上がれればプロになれますけど、上がれなければそこで門が閉じられてしまうので、大変でした。棋士は三段リーグを抜けて来ているので、ある程度はメンタルが強いなのかなと思います。

桐原 メンタルもそうなのですが、人間とAIの大きな違いとして直感のあるなしと考えられていたように思います。ところが羽生善治永世七冠が、たしかディープマインド社のデミス・ハサビスからディープラーニングの説明を受けるなかで、AIも人間の直感に近い思考をするようになったのでは?と思ったと著書に書かれていました。

谷合 候補手をすべて探っていくと、数手先には何万手も選択肢が出てきてしまい、とても人間には扱えない数字になります。少なくとも私は局面を見たときにパッと候補手が3つぐらい思い浮かぶのですが、それを4手先まで延ばしても、選択肢は100ぐらいなのでなんとかなります。候補手を3つぐらいに絞るというのはやはり直感が働かないとできないことだと思います。AlphaZero(アルファゼロ)が出る前のAIというのは、すべての候補手を読んでいって、シラミつぶし的に最善手を探していくというスタイルでしたが、AlphaZero以降は人間と似たようなことをやっていて、良さそうな手を集中的に絞っていくというやり方に変わってきているので、そこが直感的と評されるのかなと思います。

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