データサイエンティストが変えるデータ後進国日本のビジネス
――滋賀大学データサイエンス学部学部長・竹村彰通氏に聞く

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取材・構成  土田 修
IT批評編集部

2017年、滋賀大学に日本初のデータサイエンス学部が誕生した。ビッグデータを処理・分析し、そこから新たな価値を生みだすことのできる人材=データサイエンティストを育成するのが目的である。教員には統計学、情報学を中心に心理学、社会学など多彩な分野から人材を抜擢、さらには、インダストリアルアドバイザーとして錚々たる企業の名前が並び、社会の要請に応えうる人材を輩出しようとの意気込みが窺える。

誕生から4年を経過して、どのような学びが実践されているのか、学部長である竹村彰通氏に話を聞いた。

(2021年6月7日、オンライン取材)

 

 

竹村彰通(たけむら あきみち)

1952年東京生まれ。東京芸術大学のピアノ科に入学するも東京大学に入り直す。1978年3月、東京大学大学院経済学研究科理論経済学・経済史学専門課程修士課程修了。

スタンフォード大学統計学部、パーデュー大学統計学部を経て1997年東京大学経済学部教授に。2008年、日本統計学会賞受賞。

2017年4月より滋賀大学データサイエンス学部学部長を務める。

滋賀大学データサイエンス学部

 

目次

企業からの熱い視線を集めるデータサイエンス学部

予測困難性が増すほど統計手法の優位性がクローズアップされる

AI万能の時代にデータサイエンティストは何ができるのか

データサイエンティストが備えるべき資質とは

企業との連携で実現する実践的な学び

企業で活躍するのはミッシングリンクを埋めるような人材

データサイエンティストに期待される役割

 

 

 

企業からの熱い視線を集めるデータサイエンス学部

 

日本で初めてのデータサイエンス学部をつくるにあたり、滋賀大学前学長の佐和隆光先生から、新しい学部をつくるので学部長にならないかと、突然電話がかかってきました。佐和先生は東大時代の竹内啓先生のゼミで私の10年先輩にあたります。ちょうど東大の退職を考えなければならない時期でしたので、やりがいのある仕事だなと思い、お引き受けしました。

 

もともと滋賀大学は教育学部と経済学部という文系の二つの学部でやってきていまして、それ以外の新設の学部をつくることにはことごとく失敗してきたという歴史があります。前学長が危機感を抱いてデータサイエンス学部ならいけるだろうということで始めて、幸い日本初ということで注目を集めて今は軌道に乗ったところです。

 

「ビッグデータの時代だ」「データは産業の資源だ」と、かれこれ10年近く言われてきましたが、日本はその資源をGAFAにとられ、取り残されるのではないかという議論があります。Googleやamazonを見てもおわかりのように、ビッグデータを活用することがいかに重要なことであるかは論をまたないのですが、日本はデータ活用の分野では完全に遅れをとりました。データを原油にたとえれば、原油はあっても石油に精製する技術がない。精製の技術者こそデータサイエンティストです。

 

まずはデータを扱える人材を育てなければなりません。また、私の専門でもある統計学はこれまで陽のあたらない分野でしたが、データサイエンスという言葉が出てきてようやく重要性が世間でも認められてきたのかなと感じています。我々は定員100人でそれなりの規模ですが、毎年1校ぐらいの割合で学科レベル、コースレベルでデータサイエンティストを育成する大学が増えてきており、一橋大学も2年後には新設の学部を予定しているようです。企業からの相談は規模を問わずたくさんいただいていますので、データサイエンティストに対する企業のニーズや期待をひしひしと感じています。

 

 

予測困難性が増すほど統計手法の優位性がクローズアップされる

 

2008年のリーマンショック以降、不確実さが増し混沌とする世界で、未来を予測するうえで統計学的なアプローチに注目が集まっています。もともと統計学は純粋な数学理論としてというよりも、社会課題解決のための手法として社会の要請に応えながら発展してきた歴史があります。工学や医学などの理系分野への応用も進んでいます。統計は、物理学のような決定論的な法則の働く世界ではなくて、人間が営む誤差のある世界を読み解くための学問だと考えています。誤差があることを受け入れる素地がある学問です。世界が不確実で混沌としているのであれば、それを受け入れて評価できるのが統計学かもしれません。

 

統計学が注目を集め出したのは、ITの進化も大きく影響しています。第2次AIブームと言われた時期までは、ルールベースで因果関係を学習させていたものが、ディープラーニングがビッグデータを扱うようになり、統計学や確率論が重要視されるようになりました。ITの進化、なかでもデータがどんどんネット上に増え出したことと、PCの処理速度が上がることで、統計をツールとして使える範囲が格段に広がったと言えるでしょう。データサイエンスが成長分野であるのは間違いありません。

 

例えば、感染症に関連して、感染者数の増え方であるとか、ワクチンがどれくらい効果が見込まれるのか、これまでも統計の手法を使って解析していたのですが、AIを活用することで扱えるデータの規模が格段に増えました。まさに混沌として未来予測が難しいからこそ、行政の判断においても、ビジネスにおける意思決定においても、データというエビデンスの重要性が高まっています。どれだけたくさんのデータを集めることができるか、そこから何を読み取るのかということが問われているのだと思います。

 

 

AI万能の時代にデータサイエンティストは何ができるのか

 

AIが進化して、ビッグデータをすべてコンピュータが解析することによって、かえって人間が介在する余地がなくなるのではないかとの質問を受けることがあります。もちろん、良質なひな形(AIモデル)をつくり、データを集めれば精度の高い結論を導き出すということは可能ですし、機械で自動化できる分野が増えてくるのは確かです。しかし、そもそも、どういう問題を解決するために、どういうデータを、どう入力するかについての部分はコンピュータが勝手にやってくれるわけではありません。また、出てきた結果をどうビジネスや社会に役立てるのかについても、人間がかかわらざるを得ませんし、そこにデータサイエンティストの出番もあるわけです。問題をAIが考えてくれるわけではないし、結果をどう社会に応用するのかも人間が考えなくてはなりません。

 

AIにはツールとしての役割に大きな期待が寄せられていますが、「AIのブラックボックス化」と言われるように、モデルが複雑になりすぎて人間が理解できないことによる弊害も出てきています。AIの思考法についても人間が理解していないとまずいと思います。扱うデータによってAIがバイアスを持ってしまうということも指摘されていますので、完全に任せきりというわけにはいかないからです。AIを使いこなす人材として、データサイエンティストの役割は大きいと考えています。

 

 

データサイエンティストが備えるべき資質とは

 

データサイエンス学部では、まず数学や統計学の基礎的な考え方を身につけさせます。表面的な知識だけでは、分析手法が変わった時に対応できないからです。統計データの扱いについて自力で取り組めるようになるには、数理的な知識は必須です。さらに最新のAI手法についてもキャッチアップできる柔軟性が必要です。

 

とはいえ、データサイエンス学部では数学に強い学生ばかりを集めているわけではありません。むしろ重要視しているのはビジネスセンスやコミュニケーション能力です。データサイエンス学部では、学部を卒業して大学院に進むのが2割で、企業に就職する学生が8割です。研究者を育てると同時に実際の企業でデータを扱う人材を輩出するのが大きな目的です。

 

データを分析してビジネスに役立てるにはコミュニケーション力や応用力が必要と考えています。コミュニケーション力とは、データを誰もがわかるように翻訳する能力と言い換えてもいいでしょう。生のデータを見せても理解できる人は少数です。このデータがどんなことに役立つのか説明できないと、ビジネスでは受け入れられません。数理統計学を究めるような専門性の高い人も必要ですし、企業のなかにいてデータ活用に橋渡しする人も必要ですし、両方をバランスよく輩出していきたいと思っています。

 

文理融合もデータサイエンス学部の大きな特徴です。今までのプログラマーは情報工学に傾斜した人が多かったのですが、文理融合を目指して文系と理系の橋渡しをできる人材をイメージしています。またそういう人材が日本には少ないとも感じています。アメリカではエンジニアがどんどん起業していますが、日本は企業内で技術者として完結していくことが多いと感じています。ビッグデータが企業の帰趨を決めると言われていますが、データはあるがどう活用していいかわからず、宝の持ち腐れという企業も多い。どういうデータがマーケティング的に有用なのかという説明をストーリーを持って語れる人材がいないからです。文理融合でそうした人材を育てていきたいですね。

 

 

企業との連携で実現する実践的な学び

 

データサイエンス学部の大きな特徴は、授業自体に企業との連携を取り入れていることです。データサイエンティストがビジネスの現場でどれほど役に立つのかという疑問を持たれる方も多くいるので、実際に企業と連携しながら学生の育成に努めています。学生には、いろんな企業からデータをいただいて、分析させています。卒論の4割ぐらいは企業の実際のデータ分析で、データの実践的な活用を身につけてもらいます。

 

企業から自社の持つデータを活かしたいという相談を受けて、委託研究や共同研究というかたちで、厳格な秘密保持のもとに学生にデータを読み解かせています。いきなり大きな成果を出せるわけではないので、課題を絞り込んで少しでも成果が上がるようなスモールスタートになります。例えば、データのローカルな活用です。滋賀県に平和堂という100店舗規模の地元資本のスーパーがあるのですが、そこのデータを学生に分析させたところ、大都市圏とは異質なローカルな消費動向が見えてきました。また、小松製作所とも組んで、学生をインターンに行かせてもらったり、社員の方に講義にきてもらったりしています。工事用の建設機械という特化した分野ですが、その分野におけるグローバル企業ですから、IoTによって集めたデータ活用は、他社が取得し得ないところに大きな優位性があります。

 

 

 

 

 

企業で活躍するのはミッシングリンクを埋めるような人材

 

学生の3年次の夏休みを活用した長期のインターン活動も活発です。単に社内見学ではなく、訪問先の企業のデータを研究活用させてもらえることが受け入れの条件になります。実際にインターンでの活動が評価されて卒業後に入社に至ったケースもあります。

 

また、企業から派遣人材を年間15人程度大学院修士課程に受け入れています。大学院は2年間のコースになりますが、1年目は大学で集中的に統計学や情報学について勉強してもらい、2年目は企業に戻って、実際の自社のデータを分析して論文を書いてもらう形になります。IT系企業からも大学院に来ていただいていますが、そうした企業にとっても、自社の研究開発をサービスに結びつけるための欠けている部分(ミッシングリンク)を埋めるような人材を供給する役割として期待されています。

 

企業で活躍するデータサイエンティストとは、データサイエンスの専門性を備えて、社内でデータ活用のためのコンサル的な働きができる人材というイメージです。そのためには統計的な知識とともに、課題解決のためのデータ活用についてアドバイスできる人が理想です。データサイエンティストには論理的に答えを導く能力が求められます。ビジネスではひらめきが大事だと言われますが、現場で実際に仕事に当たっている人や顧客と接している人の方がひらめきは生まれやすいので、そういう人たちと相談しながら仕事を進めていくのが理想です。データによる定量化で、現場のひらめきを理屈づける役割ですね。

 

 

データサイエンティストに期待される役割

 

入学してくる学生たちは、1期生の就職状況が良かったこともあり、データサイエンティストの将来性には希望を持って勉強しています。最初の何年かは北海道や沖縄からも学生が来ていましたが、いろんな大学でデータサイエンスの学科ができたことから、最近は関西圏と中部圏からくる学生が多いですね。

 

データを活用できる人材が増えて付加価値を生み出すようになれば、社会やビジネスに大きなインパクトが与えることになるでしょう。同時に、社会に対するデータ活用の啓蒙もデータサイエンティストが担わなければならない役割です。感染症対策では、日々発表されるさまざまなデータに人々は反応していましたし、データ活用が役立っていることを実感する場面も多かったと思います。データを活用しながら社会的な有用性を示すことで社会のコンセンサスをとっていくことが重要であると思います。生活の安全や利便性にデータ活用が大きな役割を持っていることをデータサイエンティストたちが上手に世の中にプレゼンテーションできたら、世の中のデータ活用に対する考え方も変わってくるでしょう。そんな人材を育てていきたいと思います。(談)