東京都市大学教授 大谷紀子氏に聞く
第5回 人への信頼とAIへの信頼が共進化を育む

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

AIになにを望むのか

 

桐原 現在マルチモーダルの技術が注目を集めています。LLMでは、絵を見て言葉を生成したり、言葉から音楽を考えたり、また音楽から文章を考えることが、マルチモーダルでできるようになりました。エンコードしてデコードする抽象化のプロセスは、具体的なものをたとえ話にして、それをもう一度具体化する、ある意味で創作的な活動に似たことをしているようにも考えられます。風景をみて作曲をするというような意味で、ですが。

 

大谷 そうですね。そうした解釈もできるとは思います。ただ、AIが対応づけをすると、ステレオタイプなものしか生成できないのではないでしょうか。人間の芸術家であれば、その人独自の解釈が介在して、そこに人々が感動したりファンがついたりするのだと思います。

 

――20世紀の現代音楽家は、譜面上の可能性の限界を破るために、5線譜に地図の等高線を転写したり、クセナキスのようにマルコフ連鎖で次の音を決めたりしました。いまのコンピュータ技術で乱数を音階にして演奏させることは簡単なはずですが、おそらくつまらないものしかできないだろうと思います。

 

大谷 おそらくそうなると思います。

 

桐原 先生の自動作曲のシステムから生成した素材を作曲家の方が選択したり並べたりするのは、一種のプロンプトと考えてよいのでしょうか。

 

大谷 MIDIデータをお渡しして、それを素材に自由につくっていただきますから、プロンプトというよりも創作に近いのだと思います。

 

――1990年代のトラックメイカーは既存のレコードやCDから好きなパーツをサンプリングして音楽をつくっていましたが、2000年代以降は著作権が厳しくなって、同じことをすると高額のクリアランス料が発生することになってしまいました。現在かれらは音源のサンプルパックを購入したりサブスクサービスでダウンロードしたりして制作していますが、自動作曲システムの素材をもとにDAWで曲づくりをすれば、オリジナルの楽曲をつくることができそうです。

 

大谷 そこではミュージシャンのオリジナリティの余地が生じますから、そうしたつかい方をしたほうが、よいものができると思います。

 

――先生はご自身のシステムを用いてピアニストとセッションされたりもしていますが、そのときは先生もミュージシャンになったご気分なのでしょうか。

 

大谷 いえ、このシステムがリアルタイムでどんなものを出すのかもわかりませんから、びくびくしていますよ。親が子どもを見送るような気分です。「本番もしっかりしなさい」というような。ステージ上でセッションをするときもそうですし、NHKの生放送に出演したときもそうでした。

 

――先生はバイクでツーリングするのが趣味だと伺っています。バイクに乗っているときと自動作曲システムを前にしているときと、マインドとしては異なりますか。

 

大谷 気分的には同じです。私の言うとおりに作動するのが面白いところです。人とちがってコンピュータは言った通りに動きます。きちんと動かないときは、私がバグを埋め込んでいるときです。バイクも私がちゃんと操作すれば気持ちよく走ってくれますが、そうでないときはきちんと走りませんし、転んでしまいます。いつも両者に「きちんと動いてね」と言い聞かせています。<了>

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