今ここにしかない体験を資産化する未来のクラブ運営
――いち早くNFTに取り組む南葛SC・岩本義弘GMに聞く

STORYおすすめ
聞き手 土田 修
IT批評編集部

ブロックチェーン技術を活用した「NFT(非代替性トークン)」が話題だ。デジタルデータでありながらコピーできない仕組みであり、唯一無二の価値を担保できる。NFTとして注目を浴びるのがスポーツ選手やアーティストといった唯一無二のタレント(才能)をトークン化する取り組みである。スポーツとアートを結び成果をあげているのが、葛飾区をホームタウンとするサッカークラブ、南葛SCだ。南葛SCはクラウドファンディング事業者のFiNANCiE(フィナンシェ)と組んでNFTを発行、クラブの運営やファンのエンゲージメントにつなげている。

2021年1月27日 オンラインにて

 

 

 

岩本義弘

サッカークラブ、南葛SC代表取締役専務兼ゼネラルマネージャー(GM)、株式会社TSUBASA代表取締役、『REAL SPORTS』編集長。前職は株式会社フロムワン代表取締役兼サッカーキング統括編集長(在籍期間1998.7-2017.2)。

 

 

南葛SC

南葛SC(Nankatsu Sports Club)は、2013年に名称変更してJリーグに向けて活動を開始した東京都葛飾区を本拠地とするサッカークラブである。代表者は『キャプテン翼』の作者である高橋陽一氏。2020年、Jリーグ百年構想クラブに承認され、葛飾区を中心とした東京都全域をホームタウンとして、Jリーグ入りを目指している。2021年6月、FiNANCiE上でクラブトークンを導入。サポーター向けに販売したところ、計656人が総額4200万円分のクラブトークンを購入した。2021年12月、関東リーグ1部に昇格。2022年1月には、稲本潤一選手、今野泰幸選手を獲得し話題に。

https://www.nankatsu-sc.com/

 

 

 

 

目次

サッカー雑誌の編集者からクラブチームのGMに

クラブトークンで選手に給与の一部を支払うと発表した意図

クラブトークンの発行がチームの経営に与えたインパクト

NFTを保有することによって好きなチームを応援する意味が深まる

NFTは誰かを応援したいという気持ちを見える化する

ローカルとグローバルの両方を狙う

 

 

 

 

 

サッカー雑誌の編集者からクラブチームのGMに

 

土田 最初に、岩本GMのご経歴をお聞かせください。

 

岩本 サッカーとのかかわりでお話しすると、小学2年生で東京都町田市のクラブチームでサッカーを始めました。4年生の時に町田市の選抜チーム(当時)であるFC町田という全国優勝も経験していた名門チームに所属して、中1までやっていました。転校することになりサッカーから離れ、サッカー選手を目指すというキャリアはいったんそこで終わりました。

大学卒業後にエンタメ系の雑誌をやっている会社に入社し、そこでサッカー記事の担当になってからは、またサッカー漬けの日々に。1998年に日本が初めてワールドカップに出た年に立ち上げたサッカー雑誌が売れて、フランスのワールドカップにも取材に行きました。その経験もあって、その後、サッカー専門誌の編集部に転職しました。平社員で入ったのですが、最終的には代表取締役兼オーナーとなりました。いろいろな雑誌の創刊を手掛けつつサッカーの解説者としてもやってきました。四半世紀サッカー界にどっぷりいて、インタビュアーもずっとやってきているので、今回、獲得した稲本潤一選手や今野泰幸選手にも若い頃から取材しています。

『キャプテン翼』の原作者である高橋陽一先生と知り合ったのも、2002年の日韓ワールカップ前年に雑誌でサッカー漫画の特集でインタビューをしたのが最初です。高橋先生とはその後に一緒にフットサルをするようになって、友人としても付き合うようになりました。仕事も少しずつ一緒にやるようになり、2016年に株式会社TSUBASAという、現在、代表を務めている会社を立ち上げて『キャプテン翼』の権利管理をやるようになりました。前職の出版社を完全に人に譲った際に、高橋先生から南葛SCを本格的に一緒にやりませんかと打診を受けて、2018年の1月から南葛SCのGMに就任して丸4年が経ったところです。

 

土田 元々雑誌の編集者だったわけですね。

 

岩本 編集者をやっていて良かったのは、日本中のサッカークラブの経営者だったり、Jリーグの関係者だったり、日本サッカー協会の人だったりと常日頃から話をする関係になれたことです。Jリーグのクラブの社長にもたくさんインタビューしています。それを通して、クラブの経営にとって何が大事かについては自然と学んでいきました。サッカ―クラブの規模感は中小企業に似ているので、ビジネスの大きさの感覚みたいなものはJ2ぐらいまでだったらなんとか今までの自分の経験値でやれるのではないかと思っています。

 

 

クラブトークンで選手に給与の一部を支払うと発表した意図

 

土田 南葛SCは昨年(2021年)関東リーグ1部に昇格しました。さらに年が明けてからは稲本潤一選手と今野泰幸選手の獲得というビッグニュースも入ってきました。稲本潤一選手には、クラブトークン(NFT)で給与の一部を支払うということも発表されました。これはどういう意図があったのでしょうか。

 

岩本 パリサンジェルマンとメッシ選手の間で同様の契約が結ばれたというリリースに触発されました。詳細は明らかにされていませんが、それにヒントを得たことは確かです。南葛SCではファンコミュニティを活性化させることを主目的にクラブトークンを活用していますが、トークンを保有しているファンの方々を盛り上げるためにも面白いのではないかと思い、稲本潤一選手のエージェントに相談したところ、本人含めてOKをいただきました。

 

土田 クラブトークンで給与の一部を支払うことのクラブ側のメリットと選手側のメリットについては、どうお考えですか。

 

岩本 クラブ側としては、南葛SCがFiNANCiE(フィナンシェ)*というプラットフォーム上で、ブロックチェーンを活用したNFTを発行していることをより多くの人に知ってもらえることがメリットです。また、すでに南葛SCのクラブトークンを保有してくれている人たちにも楽しんでもらえるでしょうし、もちろんこのニュースでNFTの価値が上がることも考えていました。

選手本人としては、プラスアルファでNFTの価値が上がっていくということですので、日本円での報酬以外のものがあると楽しんでもらえるのではないかと思いました。

 

FiNANCiE(フィナンシェ)*

株式会社フィナンシェは、ブロックチェーン技術を活用した、NFT事業やクラウドファンディング2.0サービス「FiNANCiE」を展開しており、トークンの発行、企画・運用により新しい価値を生み出すトークンエコノミーの実現を目指している。FiNANCiEの特徴として、ブロックチェーンを活用した売買可能なトークンを購入するプロジェクトの新しい支援方法であることが挙げられる。従来のクラウドファンディングと異なるのは、購入支援単発で終わらず、トークンホルダー限定のコミュニティ活動でプロジェクト参加・協力、トークン保有量に応じた投票や成功時のリターン獲得の可能性があること。サッカークラブをはじめとしたスポーツチームやアイドル、起業家、クリエーターがプロジェクトを掲載している。

 

土田 ブランド価値の向上につなげようという意図があったのですね。

 

岩本 我々はまだJリーグのクラブではないので、挑戦的なことや先進的なことをやっているクラブというイメージづくりが大事だと考えています。

 

土田 他の選手にも給与の一部をNFTで支払うという予定はありますか。

 

岩本 今後、例えば出場給をNFTで払うということはあるかもしれません。実はすでに多くの南葛SCの選手たちはクラブトークンを買ってくれています。選手たちはクラブや選手個人が成長することが、FiNANCiE上でのトークンの価値向上につながるという仕組みを理解してくれています。

 

 

クラブトークンの発行がチームの経営に与えたインパクト

 

土田 長い目で見た時に、クラブが成長することによって、NFTの保有者はメリットを享受できるということですね。

 

岩本 成長への期待値というのはすごく影響してきます。同時期にクラブトークンを始めたJクラブもいくつかありますが、うまくいっているところとそうでないところの差が激しいなと見ていて思います。

 

土田 NFTの発行ですが、チームの経営にはどんな影響を与えていますか。

 

岩本 2021年の6月で終わった初期のファンディング期間の売り上げが4,000万円弱ぐらいありました。南葛SCの年間予算が1億5,000万円前後なので、追加での選手獲得も含めて昨年度の経営的にはとてもポジティブでした。

 

土田 NFT発行はクラブにとって新たな収益源として捉えていいのでしょうか。

 

岩本 第一回の初期サポーター募集期間というファンディング期間での売り上げが約4,300万円でしたので、そのうちの8割がクラブに入ったことになります。その後は売買にかかわる手数料がクラブに入ってきます。今ですと、過去30日間の取引出来高は1,000万円を超えています。この1月は稲本選手、今野選手やベガルタ仙台から関口訓充選手もきましたので、そういうことが連続したことによって価値が上がったのだと思います。

初期のファンディング期間はもちろん収益になったのですが、収益のみを考えてやっているわけではありません。初期から応援してNFTを購入してもらっている人たちに対して、メリットをもたらすことができればいいなと思っています。ファンディング期間に購入した人は、最初の90日間で25%、そこから90日ごとに25%ずつ売ることができる仕組みなので、全部売るまでには360日かかります。投機的な意味で言うと個人的にはそこまで得するシステムだとは思っていません。南葛SCに関して言えば、投機目的で買っている人は少ないのかなと思います。

 

土田 ファンにとっては新しい応援の形という位置づけになるのでしょうか。

 

岩本 これまでのファンクラブって、毎年の年会費払い切りで終わりですが、NFTの場合にはずっと保有していれば、サービスを受けつづけられるので、そこにメリットがあります。早く売ってしまう意味がないですよね。トークンを持っていて、それを積み上げていくことで、一定以上のトークンを持つ人向けのサービスも受けられます。積み上げていったものはなくなるわけではなく、購入した事実を証明できるのがブロックチェーンを利用した新しさなのだと思います。

 

土田 南葛SCのNFTは、値段の高いサービスから完売したとお聞きしましたが。

 

岩本 クラブトークン50万円分のコースを20点用意して、高橋陽一先生のサイン入りのユニフォームをつけました。通常だとユニフォームの値段分、トークンを削るんですが、南葛SCではトークンを削りませんでした。誰が見てもお得なわけですから、あっという間に完売してニュースになりました。1日で約1,000万円集めたということで、おそらく当時の新記録だったんじゃないでしょうか。

 

 

NFTを保有することによって好きなチームを応援する意味が深まる

 

土田 岩本さんがFiNANCiEに興味を惹かれたのはどういうきっかけがあったのでしょうか。

 

岩本 もともとスポーツ系のテックサービスは必ずチェックしています。スポーツ庁のイノベーションリーグというプロジェクトでも、スポーツテック部門の審査員をさせていただいています。FiNANCiEを知ったのは、2019年のローンチ時期ですね。実際にアプリをダウンロードしてみて、これは面白いけどまだまだ時間がかかるだろうなという認識を持ちました。当時は個人が対象だったためです。その後に2回ぐらい人を介してFiNANCiEで南葛SCのトークンを発行しないかという話をいただいていたのですが、そのタイミングでは断っています。何で昨年の春にやる気になったかというと、去年(2021年)の5月にSHIBUYA CITY FCという東京都一部に所属しているクラブがFiNANCiEでクラブトークンを発行しました。その経営陣に友人がいたので応援する意味もあってトークンを5万円分買いました。それが2週間ぐらいの間にFiNANCiE上での価値ですが、2,000万円弱ぐらいになったんです。2円スタートだったのが900円までいったので、約450倍ですね。これは面白いなと思ったのがきっかけです。

 

土田 ファンのクラブへのエンゲージメントは、クラブトークンがある前と今とではどう違ってきていますか。

 

岩本 南葛SCはTwitterをはじめとしたSNSに力を入れており、ファンの90%以上の人が参加しているんですね。なので、ファンのデジタルリテラシーはもともと高かったんだと思います。クラブトークンの前後で変わったのは、クラブのいろいろな意思決定にファンがかかわれるようになったことです。新シーズンに関してはユニフォームのデザインもFiNANCiE上で選んでもらっていますし、キャンペーンのキャッチコピー選定にもかかわることができます。プレゼント企画も充実しています。選手一人ひとりのノボリにサインを入れたものをプレゼントしたりといったことを普段から行っています。その他にもFiNANCiEのNFTを一定以上持っている人に向けて私からの情報発信の部屋を設けたりしています。そういう意味では明らかにエンゲージメントは上がっていると言えます。

 

土田 選手はクラブトークンを発行しているということで何か意識が変わっていますか。

 

岩本 人数を制限した形で練習試合にFiNANCiEの会員の方を招待しました。今までこの2年間は1試合だけホームで有観客の試合がやれたのですが、それ以外は無観客でしたので、直接ファンサポーターの人とコミュニケーションを取れる場が、ある意味、FiNANCiEのおかげでできたので、そこは選手もポジティブに捉えていると思います。

 

 

NFTは誰かを応援したいという気持ちを見える化する

 

土田 実際にクラブトークンを発行してみて、スポーツビジネスとNFTの相性についてどうお感じになっていますか。

 

岩本 クラブのサービスということで言えば、これまで見えなかったものを見える化する、形にすることがNFT活用で可能になりました。今までの応援というのは、グッズをたくさん購入しても数字で証明することができていなかったのですが、今はトークンを保有しているという事実は必ず証明されます。これはサッカークラブに限らないと思いますが、誰かを応援したいという気持ちが見える化できたことはすごく意味のあることだと思います。

私は日本パデル協会の理事もやっています。パデルというのは、1980年代から競技人口が増えはじめたテニスに似たラケットスポーツなんです。日本パデル協会では協会がトークンをFiNANCiE上で発行しました。これまでは日本代表の選手たちが世界大会に出るのに自腹で行っていたのですが、トークンを発行することで、協会側で資金調達をしてかなりの部分まで賄うことができました。そういうマイナー競技で多くの団体が活用していることはFiNANCiEを見てもらうとわかると思います。マイナースポーツを最初から応援してくれる人たちに対して、競技自体が成長していく過程でメリットをもたらすことができるというのはとても大きな意味があると思います。

 

土田 クラブの成長においては、勝利数を重ねてカテゴリーを上げていくということが重要ですが、それ以外の運営の面でも成長を感じさせる仕組みが必要ですね。

 

岩本 南葛SCの場合はJリーグを目指していますし、さらにその上も目指しています。クラブもチームも成長していかないとそこには辿り着けません。カテゴリーを上げるのは相手があることなので簡単ではありません。地域との密着の仕方であったり、南葛SCというブランドを使っていろんなことをやっていくというのは、継続していけば何かしら成果を出すことはできます。クラブの価値を高めるという意味では、ピッチではないところのほうがコントロールしやすいかなと思います。

同じようにFiNANCiEでトークンを発行しているチームがJFLへの昇格を決めましたが、だからといってクラブトークンの価値が上がっているわけではなくて、そこに難しさは感じます。南葛SCのクラブトークンは、長い目で見ても価値が上がってきているので、成長を感じている人が多いのかなと思います。

 

 

ローカルとグローバルの両方を狙う

 

土田 南葛SCは地域のクラブとしてローカルなチームであると同時に応援してくれる人は全世界にいます。

 

岩本 YouTubeの試合の中継などには、海外からのアクセスも多いですし、コメントもつきますし、Twitterでもスペインで南葛SCを応援してくれている人がアカウントをつくっていたりするので、他のチームと比べてもグローバルという意味では可能性を感じています。

 

土田 一方で、地域に還元していくことはどうお考えでしょうか。

 

岩本 南葛SCはJリーグを目指しているクラブなので、当然、地域密着を目指しています。スタジアムを葛飾区につくる予定ですので、ホームである葛飾区をふくむ下町エリア、東京都との関係構築がとても重要です。その一方で『キャプテン翼』という世界的に有名なアイコンを使っているので、ローカルとグローバルの両方を狙っていきたいです。

 

土田 自分たちのホームチームがグローバルな存在になることは、地域の人たちにとっても夢のある話ですね。

 

岩本 そう思っていただけるとありがたいですね。FiNANCiEのクラブトークンは今のところ国内限定ですが、海外の展開も可能性はあると聞いています。

私は南葛SCのGMであると同時に株式会社TSUBASAという会社の代表取締役もやっていまして、『キャプテン翼』の版権管理をやっています。『キャプテン翼』にNFTがらみのビジネスの提案が増えています。大袈裟じゃなくてこの1年間で50件以上は提案を受けました。

 

土田 漫画やアニメといったアート系コンテンツも、スポーツ同様にNFTには親和性がありますね。

 

岩本 そうですね。1年間かけてNFTの流れを常時チェックしながら、今はいくつかの案件を仕込んでいる最中です。『キャプテン翼』は、スポーツ漫画としては日本でも世界でも圧倒的な認知度があるので、ビジネスチャンスであると捉えています。NFTのコンテンツとしても大きな可能性を感じています。(了)