ネットワークサービスはこの25年で何を変えたか?
――ソニービズネットワークス代表・小笠原康貴氏に聞く(1)

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取材・構成  土田修
IT批評編集部

コンシューマー向けエレクトロニクスを主軸としているソニーグループのなかで、法人向けネットワークサービスを展開するソニービズネットワークスは異色の存在である。インターネット黎明期から通信回線サービスに携わってきた小笠原代表に、ネットワーク事業の特色やテレワークで注目を集める勤怠管理ツール、AIを活用したデータ解析ツール開発に込めた想いを語ってもらった。

取材:2021年11月12日 ソニービズネットワークス本社

 

 

 

小笠原 康貴(おがさわら・やすたか)

ソニービズネットワークス株式会社 代表取締役社長。1996年、日本電信電話(NTT)に入社し、技術開発や事業企画などに携わった後、2001年にソニーへ転職。同じく通信事業の技術開発を担い、「So-net」や「NURO 光」を手掛けるソニーネットワークコミュニケーションズにも籍を置く。2018年にはソニーネットワークコミュニケーションズの子会社であるソニービズネットワークスにも加わり、法人事業の拡大に注力。副社長を経て、2020年6月から現職。

ソニービズネットワークスHP:https://sonybn.co.jp/

Somu-lier[ソムリエ]HP:https://www.somu-lier.jp/

 

 

【目次】

インターネット黎明期から回線サービスに関わる

オンライン授業を20年先取りした「フレッツオフィス」

エレクトロニクス事業とネットワーク事業はどこが違う?

日本で最も早くクラウドサービスをローンチする

勤怠管理システムへの参入は、FeliCaの普及が目的だった

 

 

 

 

インターネット黎明期から回線サービスに関わる

 

新卒で入社したのがNTTで、1996年入社です。学生時代にWindows 3.1からWindows 95に移り変わるのを経験しました。当時は、OCNが始まり、プロバイダーサービスが急激に出てきて、インターネット環境が整備され始めた時期です。また、TCPIP自体がパソコンに実装されて、インターネットが普及期に入るタイミングでした。インターネット分野ではNTTがいちばん進んでいるだろうということで、入社を決めました。

大学(東北大学)時代は材料物性学を研究していました。物理学に近い学問で、材料などの素材の物理的な性質を学びます。私は、磁性材料の研究室で、デジタルの01(ゼロイチ)を読み取るのがメインテーマでしたのでコンピュータには学生時代から親しんでいました。入学した当初は研究者になろうと思っていたのですが、在学時にビジネスに俄然興味を持ちはじめ、将来的に通信ネットワークの分野が伸びていくだろうと考え、教授と相談してNTTに就職しました。その当時からコンピュータ通信への関心が強く、結果としてインターネット黎明期から回線サービスに関わることになります。

 

 

オンライン授業を20年先取りした「フレッツオフィス」

 

NTTでは、最初は共同利用実験担当に配属されました。大学や企業がNTTの回線を使って新しいことを実証するという事業です。たとえば、「ストリートファイター2」のようなリアルタイムで戦うゲームをネット上で対戦することは、人の反応速度をネットワークが超えないといけないため、当時のネットワークでは誰もが実現不可能と考えていました。そうした中で、光ファイバーを張り巡らして、40キロ離れた人同士で対戦ゲームをやるなんてことをNTTは、共同利用実験としてやっていました。

東北大学との共同実験に携わったのが私の最初の仕事です。昔の大学は高速ネットワークではありませんから、高速なネットワークをNTTが用意して、大学がスーパーコンピュータをつないでいろんな研究をやるというのを一緒に取り組んでいこうというものでした。私は、大学以外にも、博覧会のNTTブースやNTTのショールームで最新の回線技術を披露するための開発などをやっていました。ソフトウェア開発も手掛けました。電話がかかってきたらデータベースから検索しにいって、どこからかかってきたのかポップアップに表示するようなCTIは、高価だったのですが、ISDNを使い美容室や飲食店など普通の店舗の人たちでも使えるようにしようと簡易なCTIソフトを開発しました。

事業企画課を経て法人営業本部に移り、慶應義塾大学の営業担当になりました。フレッツ推進室のメンバーと一緒にサービス開始前の「フレッツオフィス」というサービスを提案し実現しました。そのサービスのファーストユーザーが慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)です。フレッツに加入をすれば、インターネットにつながるのはもちろん、学校のネットワークにも常につながることができます。家にいても学校の授業を受けることができる環境を作りたかったのです。1999年のことですから、今のオンライン授業を20年先取りした取り組みです。慶應義塾大学の入学時の配布書類にチラシを入れてもらったら、学生が大挙して加入する事態となり、藤沢の局のADSLの端子が不足してしまうなんてこともありました。

 

 

エレクトロニクス事業とネットワーク事業はどこが違う?

 

2001年に、ソニーの出井伸之会長がワイヤレスのネットワーク事業をスタートすると発表しました。これは面白そうだなと思い、ソニーのホームページから直接入社したいと申し込んだのがソニーに入るきっかけです。その当時から、ネットワークを中心として社会が変化していくのは間違いないと感じていましたし、すべての事業がネットワークの上に乗るだろうということは思っていました。そういう事業のど真ん中に関わりたいと思いソニーに転職しました。

当時は、日本ではまだ新しいビジネスに対して否定的な会社が多かったのですが、ソニーには新しいものを許容してくれる会社というイメージがあって、そこに惹かれたということもあります。

ソニーグループ全体のなかでは、法人向け通信サービスというのは小規模すぎて、そうした部署があることすら知らない社員もいっぱいいたのではないかと思います。今では、法人向けの高速インターネット接続サービスである「NURO Biz」が浸透してきたので、やっとソニーグループ内にも法人向けの通信サービスがあるのが認知されてきたレベル感です。

ソニーは基本的にコンシューマー向け、エレクトロニクス主体から事業を広げてきた企業体であり、ITや通信ネットワークの事業は、多少色合いが違うと感じています。エレクトロニクスに携わっている人たちは独自路線にこだわりますが、ITの世界は独自路線だけではやっていけない世界です。私たちのサービスでいえば、勤怠管理システムの「AKASHI」で顕著ですが、APIで接続して、いろんなサービサーと連携して事業が成立しています。ネットワークという言葉自体に「他とつながる」という意味がありますから、独自路線だけではなく、標準的なものを使ってどんなビジネスができるのかを追求していくことも重要だと考えています。ただし、標準的になりすぎてコモディティ化してしまってダメになるビジネスもありますから、ソニー本来のオリジナリティを追求する姿勢の大切さももちろん否定しません。

 

 

 

日本で最も早くプライベートクラウドサービスをローンチする

 

2008年ごろにはソニー製のルーターもつくっています。データセンターにサーバーを置いて、サーバーの中で仮想的にサーバーを分けて、それぞれの仮想サーバーに対して、対応する企業の拠点ルーターがセキュアにつながるようになっていて、同じサーバーの筐体を、何社かでシェアして使いましょうという提案です。複数のルーターをwebブラウザを通して一括で設定したり、自動で保守メンテナンスができるような仕様にしました。

2006年後半から企画を開始しましたが、ルーターをつくるのに時間がかかってしまいました。ルーター専用のCPUだと、ネットワークを転送するのは速いのですが、アプリケーションを動かすには適していなかったのです。既存のルーターでは能力不足だったので、だったら自分たちでつくってしまおうということで、ルーターを開発しました。標準がいいと言いながら、結局ソニー独自のルーターをつくってしまうという(笑)。

企画をスタートしたときには「プライベートクラウド」という言葉がなくて、2008年にリリースしたときには、「VPN&ホスティング」と呼んでいました。カテゴリが確立されていなかったので比較は難しいのですが、仮想プライベートクラウドサービスとしては日本でいちばん早かったと言っても過言ではないと思います。

 

 

勤怠管理システムへの参入は、FeliCaの普及が目的だった

 

ソニービズネットワークス株式会社が法人化されたのが2012年で、私は2018年に取締役に入りました。

現時点で事業領域を見ると、戦略的に総務やHR周りのDX事業をやっているように見えますが、勤怠システムへの参入は、元々はFeliCaの普及を目的として2004年にソニー株式会社ではじめたことです。FeliCaは、ソニーが開発した非接触ICカードのための通信技術です。JR東日本の「Suica」をはじめとする交通系ICカードに採用されているほか、セブン・カードサービスの「nanaco」といった電子マネーサービスなどでも利用されています。

FeliCaは非接触型のICチップで、高速でセキュリティレベルが高く、他のICチップと比較するといろんな用途に使えるのが特徴です。これを普及させることを、私のいた通信事業の部署が取り組みました。当時、社員証にはまだICチップが組み込まれていなかったので、定期券以外の用途に普及させるには勤怠管理が適しているのではないかということで、FeliCaでできる勤怠管理サービスをつくったのが最初です。その他にも、POSやリモートアクセスの認証にもFeliCaを採用しました。カードにセキュリティレベルの高い格納領域があるので、そこに電子証明書を入れ、その証明書を利用した無線LAN認証とリモートアクセス認証のソフトウェアを開発しました。パスワードだとセキュリティに不安があり、電子証明書を使って無線LAN認証とリモートアクセス認証をできるようにしました。現在ではWindowsに各スタックが標準搭載されていますので、そのサービスは不要となりました。また、POSはビジネスとしてあまりうまくいかなかったので、これも取りやめにして、最後に勤怠管理サービスだけが残りました。2016年ごろに世間で働き方改革が言われはじめて、勤怠管理の事業が伸びそうだと踏んで、リニューアルしたのが、クラウド型の勤怠管理システム「AKASHI」です。

(2)に続く