障がい者の幸福をはこぶハイテク義肢
オズールジャパン代表 楡木祥子氏に聞く(2)

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

2020東京パラリンピックを期に、日本でも義肢の認知度が高まった。後半では、オズール社の義肢の機能とともに、製品をより多くの人たちのもとに届けるために同社が目指していることについて聞いた。

取材:2024年3月5日 於オズールジャパン合同会社本社

 

 

 

楡木 祥子(にれき しょうこ)

茗溪学園中学校高等学校より1986-88年UWCアトランティック・カレッジ(英国)留学。1993年筑波大学芸術専門学群インダストリアルデザイン専攻卒業。建築設計会社を経て2001年国立障害者リハビリテーション学院義肢装具学科卒業。2001年義肢装具士資格取得。2018年筑波大学大学院MBA-IB取得。オズール社に入社後、オズール・アジア日本マーケット統括マネージャーを経て、2020年に日本法人化に伴いオズールジャパン合同会社代表に。

 

 

 

目次

義肢がもたらすボディ・イメージ

AIにより装着者に寄り添った義肢が実現する

新しいメディア環境がひろげるもの

障がいを持つ方々の幸せを叶えたい

 

 

 

 

 

 

 

義肢がもたらすボディ・イメージ

 

――オズール社では、筋電義手もつくられていますね。

 

楡木 筋肉は動くときに電気を発生します。この電気を拾って義手を動かします。とても賢くて、多くの手の動きを再現することができます。

 

 

 

 

――切断箇所の電位でしょうか、それとも脳の電位なのでしょうか。

 

楡木 いまのところ、脳の電位を伝える義手は製品化までにはいたっていません。末端箇所の電位をセンサリングすることがメインです。近い将来には、脳から末梢神経まで伝わった情報から義手を動かすことができると思います。

 

――2月末に、ニューラリンクが脳にチップを入れた被験者が、念じるだけでコンピュータのマウスを動かす事例を発表しました。発展すれば義肢を動かすこともできるかもしれませんね。

 

楡木 オズール本社ではアイスランドの認可を受けて、切断された神経に微細なセンサーをつけて、頭で考えて動かそうとすると義足が動くという臨床試験が行われています。今年あたりにはアメリカでも認可される見込みです。

 

――装着者の身体意識に近くなるのですね。

 

楡木 当社の製品には、ジャイロセンサーや角度センサー、ひずみセンサーが搭載されています。そのことで、鉛直方向にたいして足がどうなっているかという位置情報がわかります。いまの義足は、歩くならそのために最適化された動きしかできませんが、神経につながれば必要なことだけでなく、無駄な動きもできるようになります。

 

――健常者が手や足でものを探ったりするようなことも、できるようになるのでしょうか。

 

楡木 健常者は暗闇でなにかをすることができます。それは自分の手足の距離感がボディ・イメージとして掴めているからです。義足の場合、神経が通っていないので、ちょっとボディー・イメージが弱いのです。私たちは「義足に血が通う」といっていますが、ボディイメージを掴むには、慣れが必要です。

 

――手足には、入力器官としての役割もありますものね。

 

楡木 床が硬かったり滑りやすかったりに応じて動作を変えますからね。義足の場合は安全に歩くことができればもう95点なのですが、義手の場合はフィードバックがより大切になってきます。卵を握り潰さないようにとか、コップの飲み物が冷たいとか熱いとかいうように。また手は人格の一部としてその人の雰囲気をかたちづくるものでもありますから、ゴールの設定が難しいです。「鋼の錬金術師」やターミネーターのように、なんでもできるというわけにはいきません。現状はあくまでも手の仕事の一部を補助するところに留まっています。

 

――その方の生活場面を切り取って、トレーニングなどでそこに適合させるイメージでしょうか。

 

楡木 たとえばバイキングに行って、自分の食べたいものを取るトレーニングをしたりします。これができると自立への大きな一歩で、この動作を応用して名刺の受け渡しやスマートフォン、タブレットの操作を練習したりします。心の期待と義手でできることとを擦り合わせてあげて、納得していくのですね。

 

 

AIにより装着者に寄り添った義肢が実現する

 

――マイクロプロセッサにAIが搭載されることのメリットを教えてください。

 

楡木 義肢においてはセンサーリングとアクチュエーターのエンゲージメントが重要ですが、AIによって、より装着者の動きを学習して動作に生かすことができます。たとえば片脚が義足の方の場合には、もとの足に合わせたリズムで歩きたいわけです。また早く歩くときとゆっくり歩くときとでは、力の加減も異なります。AIが搭載された義足では、その方が歩いたデータを学習していきますから、バランスよく歩くことができます。AIが搭載されていない場合、マイクロプロセッサはだれかがプログラミングしたソフトウェアによって動きが決まります。そうすると、設計者の設定したところがゴールになります。たとえばアイスランド人が想定した動きは、日本人の体躯や動きには合わないところがあるかもしれません。AIによって、そうしたギャップが埋められていくわけです。

 

――機械学習によってプログラムに可塑性を持たせることで、その人らしい義足を実現するわけですね。

 

楡木 AIが搭載されているのはオズール社の製品だけです。技術工学と電子工学とが、なかなかマッチしていないのが現状です。

 

――日本はものづくりが得意だといわれていますが、この分野でリーディングカンパニーが登場しないのはなぜでしょう。

 

楡木 技術水準としては、日本が本気になればできないことはないと思います。実際に当社の製品にも日本製の部品が多く使われています。日本は長らく戦争もなく、地雷による被害もありません。なにかあればすぐ病院にも行くことができますし、予防医学が発達していて糖尿病などで四肢を切断することも少ないので、ニーズは多くありません。もちろんそれは素晴らしいことですが、どんなに素晴らしいものをつくっても、必要とする方々に届かないというジレンマは感じます。

 

――3Dプリンタをつかって量産することはできないのでしょうか。

 

楡木 実際にそうした製品もありますが、いまは成形するところまでに留まっています。歩くためにはかかとからつま先の部分に弾力がなければなりません。いまのところ、カーボンファイバーに勝る材料はありません。3Dプリンターの材料は、まだそこに追いついてないのが現状です。

 

――最先端の義足にはどのような機能があるのでしょう。

 

楡木 こちらに用意しました(写真参照)。膝部にあるPower Kneeは、階段を登るときにモーターが作動して膝を持ち上げたり伸ばしたりしてくれます。また足部のPROPRIO FOOTにはモーターとAIが搭載されていて、つまずきづらくなっています。人が歩いてるときは、爪先を上げているのですが、義足の場合にはそれができませんでしたから、どうしても爪先が引っかかってつまづきやすくなります。この製品は、歩いているときにモーターで爪先を上げてくれます。また椅子から立ち上がるときには足首の角度が変わって荷重がかかるのですが、それを支えてもくれます。

 

 

 

 

――今後の課題などはありますか。

 

楡木 自動なので装着者が重さを感じることはあまりないのですが、電池を軽量化したいと考えています。

 

 

新しいメディア環境がひろげるもの

 

――学校教育では松葉杖や車椅子の体験はしますが、こうした義肢を体験する機会はまだ少ないかと思います。山田千紘さんは電車で寝過ごした終点駅で電車に轢かれて3肢を切断しましたが、電車を乗り過ごした経験のある人は多いですし、車に轢かれる可能性だってありますから、自分も同じことになるかもしれないという想像力を持つことで、障がいを持つ方への偏見もなくなると思うのですが。

 

楡木 体験用の義足もありますから、それをつかって歩いてみたりということはしています。2020東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まってからは、東京都教育委員会が義肢装具士協会といっしょに小中学校で体験教室を開催したり、義足のパラアスリートを呼んでパラスポーツを体験したりという機会を積極的に設けたりして、認知度は高まっていると思います。また当社でもスポーツ義足について大学などで講義をしたりしています。講演会や体験会などの依頼も多いですが、いまはYoutubeやTikTokの反響が大きいですね。Youtubeでは山田千紘さんの下着姿からスーツを着てネクタイを締める動画(https://www.youtube.com/watch?v=Hp1kU1dku8g)が、TikTokではモデルの川原渓青さんが当社で義足をつくった動画がバズりました。

 

――障がいを持つ方からのメッセージとしては乙武洋匡さんの『五体不満足』が460万部売れていますが、チャンネル登録者数23万人で動画投稿数240本というのは、それを上回る訴求力があるかもしれませんね。

 

楡木 乙武さんは先駆者で頭もよく、さまざまなオピニオンを発することができる方だと思います。一方、自分の身にひきつけるという意味では、山田千紘さんのモーニングルーティンなどを紹介するほうが(https://www.youtube.com/watch?v=Hp1kU1dku8g)身近に感じられると思います。キャラクターとしても、近所にいる元気なお兄ちゃんという感じですし。

 

――富士山登頂の動画では、順調に進んでいって休憩をしているときに、義手を外してみるとすごく汗が溜まっていたシーンがありました。素人考えですが、その辺りのフィードバックができると、より快適だろうと感じました。

 

楡木 義肢と汗というのは永遠のテーマでもあります。富士山登頂の際の義足は最先端の技術を用いた製品で、汗を溜め込まないようにつくられています。義手は切断面と接する面積も小さいので、今後のテーマになってきます。

 

――義足をつけることで、幻肢痛がなくなったりもするのでしょうか。

 

楡木 そこがまだわかっていないのです。幻肢痛は、脚を切断した方よりも手を切断した方のほうが痛みが激しいといわれています。おそらく、手を司るもののほうが、脳に占める神経の数が多いからだと思います。手については、義手とイメージが繋がると幻肢痛が減るともいわれています。

 

――脳科学で、幻肢痛を抱える片手のない方に、鏡でもう片方の手を見せたら治癒したという事例が昔から語られています。

 

楡木 鏡療法でうまくいかなった人が、VRを用い成果を得ているケースがあります。いまはまだ保険適用の対象にはなっていませんが、手の幻肢痛に悩む方が自費でVR治療を受けて症状が軽減した例も聞くようになりました。夜も眠りやすくなりますし、薬の投与量も減ります。そこにフィジカルに義手をつければ、違和感というのはもっと減らせそうです。VRはリハビリでも目覚ましい効果を上げています。

 

――義肢は、先天性の方と後天性の方とで、装着する割合が異なるのでしょうか。

 

楡木 義足はほとんどの方が装着します。先天的に脚がなくて、もとのイメージがない方も装着して訓練して、ものにします。手については当人のアイデンティティとも密接に関わっているので、つけるかつけないかを選択することも多いです。年齢にもよりますね。子どものころは親に言われてつけていても、思春期になってアイデンティティ受け入れの葛藤が生じる年齢で外してしまうこともあります。欧米であれば、中学生や高校生のころに、最先端の義肢をつけて訓練することが一般的です。一方、日本ではまだ先端の義肢が障害者総合支援法で認可されることがかなり難しいのが現状です。いまは以前より認可件数が増えてきていますから、需要に応える兆しはみえてきました。トレーニングで筋電を伝えるコツさえつかめれば、だれでも使えますから、現在は承認されるかどうかというハードルのほうがずっと高い状況です。なにが日常生活であるかという基準についても、寛容な心で認めてほしいと思います。

 

 

障がいを持つ方々の幸せを叶えたい

 

――楡木社長が日本でのマイルストーンとしてるところを教えてください。

 

楡木 まずは海外と日本とのギャップを埋めることで会社も成長させていきたいと考えています。50年前は鉄と木だけでつくられていた義肢が、1980年代にカーボンファイバーという素材が開発され、20年前ぐらいからマイクロプロセッサが使われるようになって、最近ではAIも搭載できるようになりました。技術を駆使して製品化され、欧米ではひろく普及している義足や義手が、日本でも多くの患者さんのもとに届くべきだと思います。10年前からある製品が、認可の段階で手間取っているのことにもどかしさもおぼえます。こうした義肢の普及と当社のビジネスの拡大とは軌を一にしています。日本法人を設立してから3年経ちましたが、その方向性は間違っていないと思います。こうした最先端の技術でよい機能を持った製品を使う人を、次の5年10年で確実に広げていきたいと考えています。

 

――やはり福祉政策がカギになりますか。

 

楡木 はい。労災だけではなく障害者総合支援法での適用拡大が目の前の目標です。

 

――2024パリパラリンピックに期することはありますか。

 

楡木 走り幅跳びで、当社の製品を使ってパラリンピック3連覇中のマルクス・レーム選手は現在8メートル72の世界記録を持っています。健常者の世界記録が8メートル95ですから、あと23センチにまで迫っています。今年のパリパラリンピックでは、前人未到の9メートルを達成することが期待されています。パラリンピックではブレードを使用したアナログの義足しか認められていません。現在の材料とデザインを用いた原型は1996年につくられましたから、もうすぐ30年経つことになります。科学的なトレーニングによってそれを使いこなして最大限の効果を発揮できるということは、障がいを持つ方々にとって象徴的な意義があると思います。

 

――デジタルの技術を用いたパラスポーツの取り組みはありますか。

 

楡木 2016年から、人と技術とを融合させて競技を行うサイバスロンという大会が開催されていて、今年もチューリッヒで開催されます。義肢をつかった競技だけでなく、電動車いすで障害物を乗り越える競技や、四肢麻痺の方が脳波でアバターを操作してゴールを目指す競技もあります。

 

――パラリンピックを契機に人々の認識が変わることも期待できそうですね。

 

楡木 ロンドンパラリンピックのころからオリパラのレガシーということがいわれるようになって、大きく変わりました。そこから私たちも、講演会や体験会のような場で実物をみてもらう地道な活動の大切さを実感しました。東京パラリンピックのあと、障がい者雇用が促進されて、義足の方々はみんな仕事に就くことができました。これは本当に素晴らしいことだと思います。

 

――ファッション方面でも、義足を装着した方が個性の1つとして発信するようになりました。

 

楡木 義足ユーザーのモデルKawaKこと川原渓青さんはTikTokで120万人、Instagramで20万人のフォロワーがいるインフルエンサーですし、ジュニアモデルだった海音さんは義足のファッションモデルとして再デビューしました。以前は義足を隠していたり、肌色にして目立たないようにしたりする方が多かったのですが、いまは日本でも短パンで黒い義足にする方も増えてきました。そうした意識はSNSでぐっと欧米に追いついてきた感があります。70代のリタイアされた男性で両手の義手を真っ黒にしている方がいるのですが、その方が「かっこいいでしょ」とおっしゃっているのが嬉しいですし、自分の心に正直な姿は心底かっこいいと思います。障がいについてネガティブにならず、プライドを持って生きている方々に会えると、みんな幸せになってほしいと心から思います。そこが私たちの仕事の根本にあることだと思いますし、義肢の普及を通じて1人でも多くの障がいのある方々の幸せを叶える手助けをしていきたいと思います。<了>

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