長期主義は見えない未来を変えられるか
第3回 未来の善を享受するのはだれか

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テキスト 都築 正明
IT批評編集部

長期主義はシリコンバレーの思想トレンドに

 

マッカスキルは「歴史の蝶番」論に対して、ベイジアンの立場から、また帰納論的な立場から反論する。ベイジアンとしては、わたしたちの有している基準値に対して、いま行為することの事後確率が高いと判断する論拠が乏しいとして、いまわたしたちの持っているリソースを後続世代に継承することのほうが強い影響力を与えられるとする。また現在が重要だとすることは、ボストロムやユドコフスキーの主張する未来のASI(Artificial Superintelligence:人工超知能)が脅威だとすることの後件否定になるとする。また過去を参照した帰納論としては、過去のいずれの時点よりも、影響力においても科学的理解においても、また道徳的にも現在が最も優れているという事実から、過去よりも現在において、そして現在よりも未来において慈善的行為は効果があるのだとする。

このように将来世代への寄付を奨励する長期主義は、未来の担い手を標榜して投資をつのるビッグ・テックの起業家たちにアカデミックなお墨付きを与える思想として、シリコンバレーの耳目を集めることとなる。効果的な利他主義センターは、2016年から、シリコンバレーにほど近いカリフォルニア州バークレーにアメリカ拠点をおいている。マッカスキルと旧交があり、12児の父として出生率の低下を憂うイーロン・マスクは『見えない未来を変える「いま」』が刊行されるとすぐ、X(旧twitter)に「この本はわたしの哲学に近い」とポストした。

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