長期主義は見えない未来を変えられるか
第2回 その幸福はだれかの幸福に優越するか

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テキスト 都築 正明
IT批評編集部

「最大多数の最大幸福」として知られる功利主義は、諸個人の快楽の総計である一般幸福の最大化をめざすことで、権力者の専横を批判して貧しい者へのリソース配分を想定する倫理道徳的な思想だった。しかし幸福を定量的に比較することは、ときに感情的な反発を生じさせる。

 

 

目次

功利主義についてのよくある誤解

効果的利他主義を支える総和功利主義

功利主義で現実を割り切ることができるか

 

 

 

 

 

功利主義についてのよくある誤解

 

『<効果的な利他主義>宣言!』では、寄付をするにあたって、次の5つの問いをクリアしているかどうかで慈善団体の優劣をつけられるとする。

①何人がどれくらいの利益を得るか? ②これはあなたにできるもっとも効果的な活動か? ③この分野は見過ごされているか? ④この行動を取らなければどうなるか? ⑤成功の確率は? 成功した場合の見返りは? つまり経済学でよく用いられるベイズ推計や収穫逓減、また限界効用と限界代替率などの数式によってこれらを求めていくこにより、どれだけ多くの人の生存や幸福に資するのかを判断するということである。

効用を重視して定量的な評価を行う発想は、ジェレミ・ベンサムの主張した道徳原理である功利主義に通底するものである。ベンサムは12歳でオックスフォード大学のクイーンズ・カレッジに入学しているし、マッカスキルが大きな影響を受けたとするピーター・シンガーもオックスフォードで哲学の学位を得た功利主義者である。その意味では効果的利他主義や長期主義も、イギリス分析哲学の系譜に数えられるのかもしれない。

マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう』(鬼澤忍訳/早川書房)やかれのテレビ放映では“トロッコ問題”が取り上げられて真っ先に批判の矛先になるせいか、功利主義というと人の幸福を数値化したり少数者の犠牲を顧みなかったりという非情なイメージを持たれがちだ。またベンサムが考案した刑務所の一望監視システム・パノプティコンが、しばしば“見えざる権力”の図式として紹介されることで、人を定量化する管理システムのように思われがちでもある。

 

これからの「正義」の話をしよう
マイケル・サンデル 著, 鬼澤 忍 訳
早川書房
ISBN978-4150503765

 

 

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