筑波大学名誉教授・精神科医 斎藤環氏に聞く
第5回 オープンダイアローグのひろがりとAIの精神医学への貢献は
斎藤環氏へのインタビュー最終回では、氏が注力しているオープンダイアローグの普及とコミュニケーションのありよう、そしてAIをはじめとしたITテクノロジーがこの分野で期待される役割について話を聞いた。テクノロジーはわたしたちの心理とコミュニケーションにどう寄与できるのか。
取材:2024年8月5日 筑波大学斎藤環研究室にて
斎藤 環(さいとう たまき)
精神科医、筑波大学医学医療系社会精神保健学名誉教授。公益社団法人青少年健康センター会長、オープンダイアローグ・ネットワーク・ジャパン (ODNJP) 共同代表。専門は思春期・青年期の精神病理学。ひきこもりの支援や治療活動で注目を集める。『文脈病:ラカン・ベイトソン・マトゥラーナ』(青土社)、『社会的ひきこもり――終わらない思春期』(PHP新書)、『心理学化する社会――なぜ、トラウマと癒しが求められるのか』(河出文庫)、『承認をめぐる病』(ちくま文庫)、『オープンダイアローグとは何か』(医学書院)など著書多数。現在はフィンランド発の対話的心理治療“オープンダイアローグ”の普及促進に努めている。近著『イルカと否定神学』(医学書院)が9月に刊行される。
目次
対話のありかたと即興性について
――既存のカウンセリングや診療においても、ラポール(相互の信頼関係)や心理的安全性の確保は大切にされてきましたが、オープンダイアローグにはドクターとクライアントという垂直的な関係もないことに驚きました。
斎藤 一般的な臨床現場では精神科医がトップにいて1対1で治療を行うことが基本ですから、オープンダイアローグの手法は従来の現場の常識にそぐわないところも多く、さまざまな抵抗にも出会いました。しかし、そのぶん興味や関心を持ってもらえることも多く、導入から10年を経た現在でも、多くの専門家から注目されています。
――オープンダイアローグはフィンランドの北ラップランド地方で誕生しましたし「浦河ぺてるの家」*1は北海道にありますよね。やはり地域的なサポート体制が重要なのでしょうか。
斎藤 地域移行支援としての有効性も期待されています。原理主義に陥らず、地域ごとの文化や常識に寄り添う形で、モディファイされるのは、よいことだと思います。
――オープンダイアローグにおいて、参加者のスキルは関係あるのでしょうか。精神療法には“神田橋マジック”といわれる神田橋條治先生のような方がいますけれど。
斎藤 対話実践にももちろん巧拙はありますが、個人精神療法に比べれば、はるかに影響は少ないです。精神療法については確かに神田橋さんのような名人芸を持つ方がいらして、参考にすべきところは多々あるものの、そうしたテクニックをだれでも真似ができるわけではありません。そうした高いレベルの実践をチームの力で可能にしているのがオープンダイアローグだと思います。チームという形式が、個人の技術にブーストをかけるのです。
――これまでも心理療法は“セッション”と称されていましたが、オープンダイアローグの療法は、偶発的なものを発展させる音楽のジャム・セッションに近い印象です。
斎藤 そうですね。予想もつかない発言があっても、そこを起点としてまた新たな話題が広がっていきます。その意味では、ジャズの即興演奏にちかいところがあります。
*1 浦河ぺてるの家。北海道浦河町にある、精神障害者が自立を目指す共同生活支援施設で、「弱さの情報公開」を理念に掲げ、地域社会で互いに助け合いながら生活することを重視している。その独自の活動は広く注目されている。
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