筑波大学名誉教授・精神科医 斎藤環氏に聞く
第2回 無意識はどのように構成されているか
無意識における言語の連鎖とは
――先生は、無意識というものをどう捉えていらっしゃいますか。
斎藤 意識に上がってこない言語活動として考えています。
――言語的なものと捉えてよいのですね。
斎藤 意識のうえでは、言語は意味とカップリングされますが、無意識における言語は意味から離れたフリーラジカルのような状態にあります。その状態が部分的に露呈するのが夢ですよね。そこでは言語が意識とは異なる法則で動いています。そういう無意識の領域があることを想定したほうが、人間の非合理的な行動を説明しやすいと思います。私は精神分析の基本は人間の非合理性を説明することにあると思っていますから、いまでも精神分析というツールは十分に有意義であると考えています。
――スティーブン・ハルナッド*2は記号接地がなされない言葉の連なりを“記号のメリーゴーランド”と称しましたが、ラカンのいう“シニフィアンの連鎖”は、無意識下での、シニフィエとカップリングしない言語の構造的連鎖として考えられるのでしょうか。
斎藤 ラカンの文脈でいうと、言語の連鎖というのは隠喩的な連鎖をなしているといわれます。隠喩というのは、ある単語を別の単語に置き換えるようなことですよね。ライオンが王を象徴していたり、炎が情熱を象徴していたりという機能があるわけですが、ジョージ・レイコフ*3らが指摘したように、隠喩の連鎖には身体性がとても深くかかわっています。ですから、身体がないパソコンやAIが真の意味で隠喩を理解するのは不可能なんです。さきほどのことわざの例と同じく、隠喩というのはもっとも高度な意味作用のひとつですから、それを理解したり生成したりすることについてAIは不得手ですよね。
――隠喩というのは、隣接や因果、類似というような観念連合にない言語を結びつけることですから、言語ベクトルからは統計的に遠いものを配置しなければなりませんね。
斎藤 紋切り型の隠喩であれば、確率が高まるので生成できるかもしれませんが、斬新かつ人々が感嘆するような隠喩を生成することはまず無理だと思います。
*2 スティーブン・ハルナッド(1945-)。カナダの認知科学者。記号設置問題の研究で知られる。また学術論文の自由なオンライン公開を促進するオープンアクセス運動の先導者としても重要な役割を果たしている。
*3 ジョージ・レイコフ(1941-)。アメリカの認知言語学者。抽象的な概念が日常の身体的経験に基づいてメタファーとして概念化されることを主張する。政治的においても心的構成のしかた(フレーミング)が影響することを指摘し言語と認知の関係を深く探求している。