シンギュラリティはより近くなっているのか
第5回 あなたの人生のアルゴリズム

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テキスト 都築 正明
IT批評編集部

前回紹介した哲学者ダニエル・デネットは、生物のあらゆる進化が自然選択のアルゴリズムによって形づくられてきたとして、心や意識もダーウィニズムとコンピュータ・サイエンスによって説明できるとした。この主張は、生命をもたらした生物でない知性の存在を強く否定するものでもある。

 

 

目次

進化論への誤解

創造論から遠く離れて

 

 

 

 

 

進化論への誤解

 

ダニエル・デネットは、すべては生物進化の自然選択というアルゴリズムにより形成されてきたとする。『ダーウィンの危険な思想』(山口泰司監訳、石川幹人他訳/青土社)では、ダーウィニズムのプロセスを、あらゆるものを侵食してしまう空想上の液体“万能酸”にたとえ、具体的な心身だけでなくあらゆる事物や社会的・文化的なものに適用することのできるアイデアだとする。そこでは、人の意識や心もその例外ではないとされる。

ダーウィニズムを“万能酸”とすることで陥りがちな誤解について留保を加えたい。ダーウィンのいう自然選択説は、さまざまな淘汰圧のもとで残った種を事後的に適者と扱っているだけであり、必ずしも優れたものが生き残ることをいうわけではない。こうした誤解は、政治学者ハーバート・スペンサーが“自然選択”を“適者生存”と言い換えて、社会における優勝劣敗の図式を主張したことで、こうした通念が広がった。たしかにハーバート・スペンサーがチャールズ・ダーウィン『種の起源』(渡辺政隆訳/光文社古典新訳文庫)を読んだらしいが、かれの主張はチャールズ・ダーウィンより前に用不用説を主張したジャン=バティスト・ラマルクの発展的進化論に近い。実際に、スペンサーの父ジョージはチャールズ・ダーウィンの祖父エラズマス・ダーウィンが設立した哲学協会で勤務しており、スペンサーにエラズマスとラマルクの進化論を教えていたという。中学校の理科で学んだとおり、獲得形質が遺伝するという発展的進化論はとうに否定されている。しかし「AIビジネス進化論」「テック企業の生存戦略」のように、ハーバート・スペンサー式の俗流進化論は、ビジネス誌の定番コピーの選択圧にはめっぽう強かったようだ。

 

ダーウィンの危険な思想 : 生命の意味と進化
ダニエル・C・デネット 著, 山口泰司他訳
青土社
ISBN978-4791776054

種の起源
チャールズ ダーウィン 著, 渡辺 政隆 訳
光文社古典新訳文庫
ISBN978-4334751906

 

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