AIは「意識」をもつのか?
第3回 意識には「二つの側面」がある

AIの意識に迫る本連載の第3回では、意識がどういう性質をもち、統合情報理論ではそれらをどう考えるのかについて大泉氏に聞いた。
取材協力 大泉匡史・東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系自然体系学講座 准教授
取材:2024年11月16日 東京大学駒場キャンパス大泉研究室
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大泉匡史(おおいずみ まさふみ) 2005年、東京大学理学部物理学科卒業。2010年、東京大学大学院新領域創成科学研究科にて博士取得。2019年4月より東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻 准教授。共著に『 |
執筆者プロフィール
松下 安武(まつした やすたけ)
科学ライター・編集者。大学では応用物理学を専攻。20年以上にわたり、科学全般について取材してきた。特に興味のある分野は物理学、宇宙、生命の起源、意識など。
目次
人間ですら意識の有無を「外」から判断するのは難しい
連載の第1回でも説明したように、意識には、量(意識レベル)と、質(クオリア)という二つの側面がある。今回はこの二つの側面について深掘りしていこう。まずは意識の量について。
大泉 意識というと、覚醒状態の私たちが感じている、非常に豊かな意識体験を想像してしまいがちです。しかしお酒を飲んで酩酊状態で何がなんだか分からないというような、そういう意識もあります。このような状態は「意識レベルが低い」と言えます。
意識の量は「どのくらい異なる種類の意識の中身をもてるか」だと言うこともできます。麻酔などで意識レベルが下がってくると、話しかけられてもその内容がぼんやりとしてしまい、話の内容を区別できなくなります。これは脳がもつことのできる意識の中身の種類が減ってしまったのだと考えることができます。
人であれば、「意識がある」とは通常、眠っていない状態、つまり覚醒状態のことを指す。逆に「意識がない」とは、病気や怪我などによる昏睡状態、深い全身麻酔をかけられた状態、夢を見ていない睡眠状態などのことを指す。なお、「夢を見ている睡眠状態」は、行動の面からは意識がない状態だとみなされることもあるが、主観的な経験があるか・ないかという定義で考えると、意識がある状態だと言える。
大泉 睡眠や麻酔の分子レベルのメカニズムはかなりよく分かってきていますが、具体的に脳がどのような状態になれば意識を失うのかは今もってよく分かっていません。脳の活動レベルが下がれば意識を失うといった単純なものではないのです。
実際、睡眠中の脳のニューロン(神経細胞)は、覚醒中の脳とそれほど変わらないレベルで活動していることが分かっています。ではなぜニューロンが活発に活動しているのに、眠っている間は物音が聞こえず、意識がないのか。そういった部分はまだ十分に解明できていないのです。
AIに意識があるかどうかは極めて難しい問題だが、実は人の意識の有無を判断するのもそう簡単なことではない。
例えば、全身麻酔をかけると人は意識が無くなったように見える。しかし、腕を縛って薬がその先に行き渡らないようにして(前腕分離法)、全身麻酔中に意識があるかどうかを問い、手の動きでそれに答えてもらうという実験を行うと、4割程度が反応を示した、という驚くべき実験結果も知られている*1。
ただし、全身麻酔中に反応を示したことを覚醒後に覚えている患者はほとんどいないという。この実験結果に基づいて考えると、少なくとも一部の患者では、全身麻酔下でも意識はある程度残っており、そのことが覚醒した後の記憶に残っていないだけという可能性もあることになる。
また、いわゆる植物状態の「意識がない」と診断された患者の中には、意識がある患者も存在することが知られている。それは「完全閉じ込め症候群(totally locked-in syndrome)」と呼ばれるもので、意識はあるものの、手足や眼球などを一切動かせず、他の人に意識があることを伝えることができない状態だ。なお、眼球のみ動かせる場合は「閉じ込め症候群」と呼ばれる。
ではこのような患者の意識の有無はどうやって調べられたのだろうか?
大泉 このような患者に対して「テニスをしているところを想像してください」と声をかけ、そのときの脳活動をfMRI(機能的磁気共鳴画像法)装置で調べる実験が行われました*2。すると、一部の患者では、健常者がテニスをしているところを想像しているときの脳活動とよく似た反応を示すことが分かったのです。
以上のことから分かるように、人間相手ですら意識があるか否かを、外から見て判定することは極めて難しいのである。
統合情報理論は、脳のネットワークがもつ統合情報量が意識の量、すなわち意識レベルに対応すると考える。つまり、仮に統合情報理論が正しく、統合情報量を測ることのできる機械ができれば、それは意識の有無や意識レベルを測定する“意識メーター”として使えることになる。ただし、それはそう簡単なことではない。
大泉 統合情報量が正確に計算できるのは、非常に小さくてシンプルなシステムだけです。実際の脳でその計算を行おうとしたら、コンピュータで現実的な時間内に解けないほど、計算量が膨大になってしまいます。AIを実装しているコンピュータの統合情報量についても同様です。そのため、統合情報量を近似的に計算したり、測定したりする方法も研究されています。
*1 Robert D Sanders, et al. Unresponsiveness ≠ unconsciousness. Anesthesiology. 2012; 116: 946-959.
*2 Adrian M. Owen, et al. Detecting Awareness in the Vegetative State. Science. 2006; 313: 1402