AIが拡げる生命科学の可能性─藤田医科大学教授・八代嘉美氏に聞く
第1回 AI開発者がノーベル化学賞を受賞した意味

FEATUREおすすめ
聞き手 都築 正明
IT批評編集部

生命科学の最先端を拓く八代嘉美氏へのインタビュー。第1回では、タンパク質の立体構造予測を行うAlphaFold開発の業績に2024年ノーベル化学賞が贈られた話題を端緒に、AI技術が生命科学に与えうる可能性について聞いた。

取材:2025年2月21日 藤田医科大学東京先端医療研究センター役員ラウンジにて

 

 

八代 嘉美(やしろ よしみ)

藤田医科大学橋渡し研究支援人材統合教育・育成センター教授、慶應義塾大学 再生医療リサーチセンター 副センター長・特任教授/医学部整形外科学教室訪問教授、国立医薬品食品衛生研究所 再生・細胞医療製品部 客員研究員。名城大学薬学部薬学科卒。東京大学大学院医学系研究科修了。医学博士。慶應義塾大学特任助教、東京女子医科大学特任講師、京都大学iPS細胞研究所特定准教授などを経て現職。研究分野は幹細胞生物学、再生医療の社会実装に関する研究、科学技術社会論。著書に『iPS細胞 世紀の発見が医療を変える』(平凡社新書)、共著に『再生医療のしくみ』(日本実業出版社)『死にたくないんですけど-iPS細胞は死を克服できるのか』(ソフトバンククリエイティブ)など。

 

 

目次

研究を加速させるAIによるシミュレーション

生成AIが再生医療にどう関わるのか

 

 

 

研究を加速させるAIによるシミュレーション

 

都築 正明(以下――) 2024年のノーベル化学賞は、タンパク質の立体構造予測を行うAIを開発したGoogle DeepMind社のデミス・ハサビス博士とジョン・ジャンパー博士が受賞しました。こうした取り組みは、先生が研究されている生命科学の分野にも大きく関わるのでしょうか。

 

八代嘉美氏(以下八代) iPS細胞(人工多能性幹細胞)は、ヒトの体細胞に遺伝子を導入して発生初期の状態に戻す初期化という過程を経て作成されます。ここで用いられる山中因子という遺伝子は転写因子というもので、DNAに直接結合して遺伝子を特定のタンパク質にするスイッチの役割を果たします。DeepMind社のAIシステムAlphaFold 2まではタンパク質の構造予測までを行うプログラムでしたが、改良版のAlphaFold 3では複合体の予測もできます。そこから、どのような構造を持ったタンパク質がDNAと結合しやすいかといった相互作用を見出しやすくなりました。また、タンパク質どうしの結合性を予測する有効なツールにもなっています。再生治療だけでなく、生命科学全体においてもタンパク質はキープレイヤーで、細胞のなかではタンパク質どうしの相互作用が繰り返し行われていますから、大きなインパクトを持つ業績だといえます。

 

――ノーベル賞は実験重視というイメージが強いので、AIシステムが受賞したことは意外でもありました。

 

八代 これまでは実験の積み重ねからボトムアップで見つけてこなければならなかったタンパク質相互のつながりを、トップダウンで見つけることができるようになることで、 研究の効率は大幅に向上するだろうと思います。まだ知見が得られた実例が多いわけではありませんから、タイミングとして早かったことには驚きましたが、受賞そのものについては妥当だと思いました。

 

――昨日(1月21日取材時点)、Open AIもRetro Biosciencesと共同開発したSLM (Small Language Model:小規模言語モデル)GPT-4b microを発表しました。先ほどご説明いただいた山中因子の1つについては50倍の効率改善がなされたと公表されています。

 

八代 報道発表を読んだところでは、AlphaFoldのようにタンパク質の立体的な構造から予測するのではなく、タンパク質を構成しているアミノ酸の配列の関係性から、タンパク質同士の相互作用を予測するようですね。DNA分子との相互作用はどのように示すことができるのかについては続報を待たなければわかりませんが、プログラミング効率が向上したということなので、これまで試験管のなかで行われていたスクリーニングをコンピュータ上でできるという意味では、さまざまなアプローチによって研究の加速を予感させる記事でした。

 

 

1 2