AIの民主化と、AIによる民主化 イノベーションの望ましい帰結
第2回 AIによる民主化は誰のために

REVIEWおすすめ
テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

「AIの民主化」という言葉が広がりつつある。これは、印刷機の発明やインターネットの普及、オープンソースの革命といった「テクノロジーの民主化」の新たな形だ。しかし重要なのは、AIの技術が開放されること以上に、「AIによる民主化」がどのように社会を変えていくかである。格差を埋め、弱者を支える力となるのか。

 

 

 

目次

テクノロジーの民主化の最新バージョン

格差をテクノロジーで埋め合わせる

 

 

 

 

テクノロジーの民主化の最新バージョン

 

生成AIの普及が広がるに従って、そこかしこで聞かれるようになったのが「AIの民主化」という言葉だ。これは、古くから言われる「テクノロジーの民主化」の最新バージョンということになろう。
歴史として見れば、15世紀のグーテンベルクの印刷機の発明が最初の例に挙げられることが多い。本やパンフレットを大量に生産できるようになり、それまで聖職者や貴族の独占物だった文字情報が一般庶民に解放されるようになったからだ。
このレビューの一連の記事でいえば、1960年代終わりから1970年代初めにかけて、汎用的な演算装置(CPU)が生まれ、メインフレームという一部の大企業や公的機関だけのものであったコンピュータをパーソナルなものへと解放した例を挙げる人も多いだろう。この時代はヒッピームーブメントの時代であり、アメリカ西海岸ではカウンターカルチャーの文脈で「個人が自由に道具(ツール)を使いこなして社会を変えよう」という思想が育まれ、コンピュータもまた「自由の道具」と見なされるようになっていった。ウォズニアックとジョブズが出会った時期だ。
印刷機に比類されがちなのがインターネットである。大学や専門機関に閉じられていた文献や論文、情報に世界中の誰もが自由にアクセスできるようになった。インターネットは同時に世界中の人をつないだ。それまでに考えられなかったような共同作業を実現した。
この文脈で述べておかなければならないのはLinuxに始まったオープンソース革命による民主化だろう。
フィンランドの学生リーナス・トーバルズは趣味的に開発した、コンピュータを動かすための基本ソフトであるOS「Linux」をインターネット上に一般公開してプログラムを配布し自由に改変することを許した。これにより、Linuxは圧倒的に進化する。それまでは、大企業が独占的に開発し提供していたOSを、誰もがソースコードにアクセスし改変して配布できるという仕組みを世界に浸透させ、結果として「ITの民主化」を大きく推し進めた。
この辺りについては、『それがぼくには楽しかったから 全世界を巻き込んだリナックス革命の真実』(リーナス・トーバルズ、デビッド・ダイヤモンド著/中島洋監修/風見潤訳/小学館プロダクション)という自伝的な開発物語に詳しい。2001年に出た本で、この時期にはLinuxが起こしたオープソースにまつわる書籍がほかにも多く出ていたと記憶している。それほどビジネス的にもインパクトがあったのだ。「こんなすごいものをつくって、タダで提供するなんて!」という具合だ。
2000年前後には、Linuxをはじめとしたオープンソースを活用して、個人が大企業の開発チームにも引けを取らないようなソフトウェアを開発するようになっており、それ以前の世代からは考えられないような仕組みがものすごい規模で出現していた。

 

それがぼくには楽しかったから 全世界を巻き込んだリナックス革命の真実
リーナス トーバルズ 著, デビッド ダイヤモンド 著, 中島 洋 監修, 風見 潤 訳
小学館プロダクション
ISBN978-4796880015

 

1 2