東京都市大学教授 大谷紀子氏に聞く
第5回 人への信頼とAIへの信頼が共進化を育む

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

ともに進化の途上にある人とAI

 

桐原永叔IT批評編集長(以下、桐原) 古代ギリシヤの時代にはピタゴラスのような人は星を見て作曲して音楽を奏でつつ幾何学の研究をしていました。一見遠いようにみえる分野がAIテクノロジーによって集約されつつある現代は、歴史的なメルクマールが到来する予兆を孕んでいるように思えます。一方、人間はどの時代にも繰り返し同じようなことを考えてきたとすれば、いまは1つの進化の途上にあるようにも考えられます。先生としては、現代をどのように捉えていらっしゃいますか。

 

大谷 まだまだ進化の途中にいる気がします。 学生をみていても思うのですが、とくに最近の若いエンジニアは自分の分野に閉じこもってしまう傾向にあるので、なかなかピタゴラスのような発想には至らないのではないかと感じています。

 

桐原 私たちも、先端にいる若いAI研究者の方々に大きな期待を寄せています。一方、彼らがAGI(Artificial General Intelligence:人工汎用知能)の話をしつつ、AIがすでに感情を持っていると断言したりするのを聞くと、その断定に危うさをおぼえることもあります。先生は、冷静かつ人間優位の技術観をお持ちですね。

 

大谷 私は教育や人間そのものに興味を抱いて人工知能の分野に入ってきましたから、そのような感覚を抱いています。また人工知能研究の“冬の時代”を生き抜いてきた経験もありますから、現在の第3次AIブームについても冷ややかにみているところはあります。かつてブームになったファジィ論理も、いまではAIではないという扱いになっています。同じように、ディープラーニングも一般的になるとAIと呼ばなくなるのではないかとも考えています。ディープラーニングの発想は1940年代のウォーレン・マカロックとウォルター・ピッツの理論がもとになっています。ソフトウェアとしても発展しましたが、ハードウェアの発達によって実現した側面が大きいと思います。

 

桐原 そこも循環していますね。ムーアの法則にしたがってハードが進化してNVIDIAのGPUを用いて生成AIの基盤モデルTransformerが構築されました。ChatGPTが注目されてからは、量子コンピュータの実用化が話題になっています。その意味で、AIにおいてはハードとソフトとが順番に進化を繰り返していますね。

 

大谷 いまはブラックボックスの技術が主流になっていますが、プロセスをトレースできるホワイトボックスでなければならないと主張する研究者もいます。そうなると、また知識と記号の時代が到来するかもしれません。

 

――先生が感性的なものに着目されているということは、ヒューマンなものにたいする信頼が大きいということでしょうか。

 

大谷 そもそもAIが感情を持つというのが、どのような状態なのかが不明です。AIがなにかを間違えることを、人間味があると表現する人もいますが、それは単に間違えているだけですから。

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