東京都市大学教授 大谷紀子氏に聞く
第1回 AIがユーザーの感性に即した音楽を自動作曲する
個人の嗜好や気分に合わせて作曲をする――そんな中世の宮廷音楽家のようなシステムを、個人のデスクトップ上に実装するAI自動作曲システムが誕生している。進化計算アルゴリズムにより個人の感性に基づいた音楽を生成するこのシステムについて、開発者の大谷紀子氏にインタビューを行った。インタビュー第1回では、人の感性に着目した氏の研究キャリアについて聞く。
取材:2024年8月7日 東京都市大学横浜キャンパス YC小ホールにて
大谷 紀子 (おおたに のりこ)
東京都市大学メディア情報学部情報システム学科教授。博士(情報理工学)。東京工業大学大学院理工学研究科情報工学専攻修士課程修了後、キヤノン株式会社入社。2000年東京理科大学理工学部経営工学科助手、2002年武蔵工業大学環境情報学部情報メディア学科講師。2007年武蔵工業大学環境情報学部情報メディア学科准教授。2009年東京都市大学環境情報学部情報メディア学科 准教授 (校名変更)、2013年東京都市大学メディア情報学部情報システム学科准教授 (学部改組)。2014年より東京都市大学 メディア情報学部 情報システム学科教授。著書として『進化計算アルゴリズム入門』(オーム社)、『アルゴリズム入門』(志村正道氏と共著・コロナ社)、『アルゴリズム入門(改訂版)』(志村正道氏と共著・コロナ社)がある。
目次
人工知能をきっかけに人の学習に興味を抱く
企業での研究職を経て再びアカデミズムの道に
AIがオーダーメイドの楽曲を作曲
人工知能をきっかけに人の学習に興味を抱く
都築 正明(以下――) 先生がはじめてコンピュータに触れたのは、いつごろのことでしたか。
大谷 紀子氏(以下大谷) 中学生のころでした。まだデータをカセットテープに保存する時代です。「今後は一切お年玉はいらないから」と親に頼み込んで、PC-6001mkIISRという機種を買ってもらいました。事前情報なしでいきなり買ってもらいましたから、BASICでプログラミングをしたり、音を鳴らしてみたりと、手探りで楽しんでいました。受験勉強もありましたから、パソコンの前にばかりいると叱られたりしましたが、将来は情報にかかわる仕事をしたいと思っていましたので、合間をみては「これも勉強だから」と自分に言い訳をしながら触れていました。中学卒業後はお茶の水女子大学附属高等学校に入学して、コンピュータ部に入りました。その後、東京工業大学工学部情報工学科に進み、修士課程まで在学しました。
――当時はどのような研究をされていたのでしょう。
大谷 3年生のときに志村正道先生の人工知能の授業を受けたことが、その後の研究を大きく決定づけました。人間の知的活動をコンピュータ上に実装する技術についての授業だったのですが、人間の知能を実装するなら、人間の研究をしなければならないと思いました。4年生のときに、志村先生の教え子でもある沼尾正行先生の研究室に入り、人工知能の研究室であったにもかかわらず認知科学の研究をしたいと申し出たところ、受け入れてくれました。卒業論文では、初学者が既存の知識に基づいて新しいことを学ぶアナロジー学習の研究をしました。具体的には、当時人工知能でよく使われていたprologというプログラミング言語を学ぶときに、たとえ話を用いて関係類似性に基づいて学習すると身につきやすいという仮説を立てて、それを実験で証明しました。
――コードレビューをするときに、変数を人にたとえて「この人がこの数字を持っていたときは……」と説明するようなイメージでしょうか。
大谷 プログラムの実行過程を、迷路を辿るのにたとえて説明しました。はじめは大学1年生の後輩を対象に実験をしたのですが、東京工業大学の学生だと、はじめから論理的思考が身についているので、たとえ話を用いるよりもロジックに基づいて考えるほうが、学習が進みやすいことがわかりました。そこで母校の高等学校のコンピュータ部に行って、後輩たちを対象に実験をしたら成功しました。結論として、論理的思考ができあがっていない人に対しては、たとえ話が有効だということを示すことができました。
――修士課程でもその研究を継続されたのでしょうか。
大谷 はい。修士課程では、小学生に算数を教えるときにたとえ話をつかう研究をしました。小学生でも食べものにたとえて教えると、ある程度難しい問題でも数式を立てずに答えることができます。たとえば割合の計算をするときには、ケーキを数人で分けるたとえ話を上手につかえば、難しい割合の問題を解けるようになっていきます。研究室のなかでは異端にあたる研究でしたが、指導教員も許可してくれましたし、ほかのメンバーも協力してくれました。