東京外国語大学大学院教授・中山智香子氏に聞く 第4回
人間社会にとってバーチャリティとはなにか
バーチャルという言葉を聞くと、私たちはリアルの対義語として捉えがちだ。しかし中山氏によれば、それはフォン・ノイマンとモルゲンシュタインの著した『ゲームの理論と経済行動』に頻出する言葉であり、現実に肉薄したものであることを指摘する。第4回では、実体のある世界に価値を付与するバーチャルなものについて語られる。
取材:2024年9月4日 東京外国語大学中山智香子研究室にて
中山 智香子(なかやま ちかこ)
東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。早稲田大学大学院経済学研究科理論経済学・経済史専攻博士後期課程単位取得退学。ウィーン大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(社会・経済学)。専門は思想史および経済学説、経済思想。近年は貨幣論と生態学経済の考察に注力。著書に『経済戦争の理論 大戦間期ウィーンとゲーム理論』(勁草書房)、『経済ジェノサイド フリードマンと世界経済の半世紀』(平凡社新書)、『経済学の堕落を撃つ 「自由」vs「正義」の経済思想史』(講談社現代新書)、『大人のためのお金学』(NHK出版)、『ブラック・ライヴズ・マターから学ぶ アメリカからグローバル世界へ』(共編、東京外国語大学出版会)など。
目次
自由という言葉の意味するもの
都築 正明(以下――) ガルブレイス*1が『新しい産業国家』で指摘したテクノストラクチャーを、国家の介入を横軸に、テクノロジーの規模を横軸にして図示してみると、同じく国家の介入を横軸に、経済的自由を縦軸においたノーラン・チャート*2の経済的自由の軸がテクノロジーの規模にキレイに置き換わります。
中山 そうなんですよ。かつて貴族に対抗していたブルジョアジーが、資本家と同じ位置を占めるというように経巡っていきます。先端技術が構造全体を引っ張っていく構図は、これからも続くだろうと予測できます。
――反権力・反権威を出自とするアメリカのビッグテックの大物たちが、ドナルド・トランプのような人を支持して政治を牛耳ろうとする。
中山 実業家出身で、ダークサイドを引き受けるようなところが、ドナルド・トランプが人気を獲得する理由ですね。多くの人が「トランプなんて……」と言いながらも投票したのが2016年の経緯でした。
――その行動を焚きつけるためにケンブリッジ・アナリティカが情報操作をしていたというのが、皮肉なところです。
中山 今回の大統領選の水面下で、そうしたことが行われていないとよいのですが。
――いまは“自由”という言葉が多義的になりすぎて、なにを示すのかが不明瞭です。リベラルというのは福祉国家を目指す左派の言葉でしたし、リベラリズムというのは“寛容と介入”を是とする立場でした。それがネオリベラリズムと称されると市場原理主義として国の関与を最小限にする右派的な言葉になります。さらにリバタリアンというと、弱肉強食の自由競争を是認する立場です。リバタリアンには、かつてはアナキズムを指す言葉だった自由至上主義という訳語が充てられるようになりました。
中山 おっしゃるとおり、リバタリアンを含むノーラン・チャートからみると、いまは右派しかいないようにみえます。ガルブレイスはテクノストラクチュアにおいては、社会主義や共産主義といった異なる政治体制においても、異なるものの見方があるとは考えていなかったわけですが、現在のような状況を想定してはいなかったでしょう。実際に、権威主義国家がベタに公正を意識しているかというと、まったく違うわけですし。
*1 ジョン・ケネス・ガルブレイス(1908-2006)。カナダ出身の経済学者。50作以上の著書と1000を超える論文を著し、ルーズベルト、トルーマン、ケネディ、ジョンソンの各政権に仕えた
*2 ノーラン・チャート 政治的な考え方を二次元で分類する図表であり、リバタリアンのデービッド・ノーランによって考案された。左翼・右翼の単純な分類を超え、多様な政治的な立場を視覚的に表現できる仕組みである。これにより政治的価値観をより精緻に分析する手法として活用されている