日本が無視できない技術大国になるために
半導体エネルギー研究所顧問・菊地正典氏に聞く 第5回

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聞き手 桐原 永叔
IT批評編集長

日本の半導体産業が台湾や韓国企業に後れを取る状況の背景には、将来を見据えたビジョンを欠いたリーダーシップや、コストパフォーマンスを軽視した技術戦略があると菊地氏。一方で、光電融合や次世代ICTインフラ「IOWN」など、新しい分野への可能性も残されている。日本が「無視できない技術大国」として再び存在感を示すには、政府、企業、研究機関が連携し独自性のあるコア技術の開発を進めることが求められている。

取材:2024年10月30日 トリプルアイズ本社

 

 

 

菊地 正典(きくち まさのり)

1944年樺太生まれ。東京大学工学部物理工学科を卒業。日本電気(株)に入社以来、一貫して半導体関係業務に従事。半導体デバイスとプロセスの開発と生産技術を経験後、同社半導体事業グループの統括部長、主席技師長を歴任。(社)日本半導体製造装置協会専務理事を経て、2007年8月から(株)半導体エネルギー研究所顧問。著書に『入門ビジュアルテクノロジー最新半導体のすべて』『図解でわかる 電子回路』『図解でわかる電子デバイス(共著)』『プロ技術者になるエンジニアの勉強法』『教養としての半導体』(日本実業出版社)、『半導体・ICのすべて』(電波新聞社)、『電気のキホン』『半導体のキホン』(ソフトバンククリエイティブ)、『図解これならわかる!電子回路』(ナツメ社)、『半導体工場のすべて』『半導体産業のすべて』(ダイヤモンド社)など多数。

 

 

目次

新技術の領域で日本が進んでいると思うのは間違い

テクノロジーは最終的にコストパフォーマンスで評価される

いかにして日本に頼らないとダメだというコアの技術をつくっていくか

 

 

 

新技術の領域で日本が進んでいると思うのは間違い

 

──政治的な決断で半導体産業が斜陽になったのも、視野が狭いリーダーしかいなかったことが災いしているような気がします。将来に対するビジョンがなかったんでしょうね。

 

菊地 そうですね。大袈裟だけど、半導体産業をこの国でどうしていくかという、大きな青写真を描ける人がいなかった。今でも経済産業省の官僚が、本当に技術のことを分かったうえで、政治的な力を発揮してうまく持っていけるか心配です。

 

──今の日本企業の製造能力はGPUをつくることはできないんですか。

 

菊地 できないですね。TSMCか、サムスンか、Intelぐらいじゃないですか。問題は3ナノ以降になると、ASMLのEUVという装置をフルに使わないと実現できませんが、それをIntelも使いきれていない。

 

──ASMLと協力関係ができているTSMCにとってはものすごく有利な話です。

 

菊地 唯一TSMCがその技術をマスターしています。

 

──そう思うと、本当に日本企業が入り込む余地がどこになるのだろうと思いますね。チップレットとか光電融合とか新しい技術で勝負するという話がよく出てくるんですけどいかがですか。

 

菊地 新しいアプリケーションという意味では、NTTがやっているIOWN*は可能性のある領域だと思います。半導体技術だけではなくて、光電融合*2まで含めて可能性がないことはない。だけど、その領域で日本が進んでいると思うのは間違いで、TSMCも光電デバイスの手を打っているんです。

 

──そう思うとTSMCはほんとうにすごいですね。

 

菊地 TSMCやNVIDIAが瞬く間に世界の冠たる企業になるには、それ相応の戦略があるわけですから。

 

──TSMCにしても台湾企業は、産業を育てることで経済安全保障も含めて国を守ることにつながるわけですからね。

 

菊地 日本だって、戦後の荒廃したなかから立ち上がってきたのは、こんなんじゃまずいと思ってみんな頑張ったわけです。ところがあるレベルに行くと、日本人の悪いところは安心してしまうのですね。NECにいてそれを実感しました。昔はNECが半導体のトップだったわけですが、それがIntelに抜かれても経営陣は平気でいる。

 

──危機感がなかった。

 

菊地 自分たち課長とか部長が、大変なことが起こったなんて思っているのに、経営陣にはその危機感がなかった。

*1 IOWN:NTTが提唱する次世代のICTインフラ基盤構想で、Innovative Optical and Wireless Networkの略。光技術を軸に、低遅延、低消費電力、大容量・高品質の通信や膨大な計算リソースなどを提供することを目指している。

*2光電融合:電気信号と光信号を融合させる技術で、光回路と電気回路を組み合わせて計算する手法。光電融合技術は、次世代の通信インフラやデータセンターの消費電力問題の解決に役立つ可能性が期待されている。

 

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