半導体のカーテン、コンピューティングパワーの天井
技術、経済、地政学から現在の論点をみる
第5回 AI開発競争の命運を分ける米中の攻防
半導体のコンピューティングパワーは軍事戦略と直結
半導体サプライチェーンの再編こそ、中国の地政学的な生命線の確保であり、覇権的野心の見え隠れするものであろう。同書では、中国の東シナ海や南シナ海における軍事的・戦略的影響力を強化する際に使用される地政学的概念である「第一列島線」の内側に位置する台湾に対する圧力について論じられている。TSMCを擁する台湾の対岸、中国の福州、寧波に空軍基地があり、5分もあれば超音速の戦闘機なら台湾上空に達せられると指摘する。わたしは実際には中国の台湾侵攻は、ロシアのウクライナ侵攻の戦況や国際世論をみればほぼありえないことだと考えているが、こうした圧力でアメリカの半導体サプライチェーンに揺さぶりをかけることは難しくはない。
こうした背景から、アメリカも先に述べたようにアリゾナ州にTSMCの工場を誘致し、半導体製造の自前化、サプライチェーンの強化を図っている。それらは日本政府が同じように行なっていることでもあり、TSMCの熊本工場のみならず、つくば市のTSMCジャパン3DIC研究開発センター設立、東京大学とのTSMC 先進半導体アライアンスといった取り組みを進めている。そのうえで、日本政府は先のラピダス、NTTのみならず半導体製造の関連企業へ莫大な補助金投入を宣言している。
『2030 半導体の地政学』では、半導体議連の甘利明会長の次の談話を紹介する。
「半導体戦略は国家の命運をかける戦いになっていく。半導体を制する者は世界を制するといっても過言ではない。日本はこんなものじゃない。ジャパン・アズ・ナンバーワン・アゲインを目指して先陣を切りたい」
連盟に所属していた安倍元首相も「全産業のチョークポイントとなりうる半導体は、経済安全保障の観点からも見なければならない。一産業政策としてでなく、国家戦略として考える。いままでの補助金の延長線上ではなく、異次元でやらなければならない」と自身の決め台詞である「異次元」を使って話したという。
異次元の支援は金銭面に限らず、政治面でも発揮されている。甘利会長は、TSMCは熊本の第2工場建設にあたって、TSMC経営陣に台湾の先端工場では生産しなくなった型落ちの半導体の生産であれば認められないと強く主張し、シングルナノの先端半導体の生産を決めさせた。