半導体のカーテン、コンピューティングパワーの天井
技術、経済、地政学から現在の論点をみる
第5回 AI開発競争の命運を分ける米中の攻防

半導体のコンピューティングパワーなしにAIの開発競争に勝利することはできない。台湾のTSMCあり方如何で、世界各国の軍事力、経済力に甚大な影響を及ぼすことになる。半導体製造のサプライチェーンをめぐる米中との駆け引きが熾烈になるのは避けられない。
目次
アメリカのデカップリング
ここまでみると半導体がいかに地政学的に意味をもつものかもわかってくる。
これだけ世界に拡大した半導体製造のサプライチェーンでは、いたるところにチョークポイントが発生する。台湾有事でTSMCが稼働しなくなれば最先端半導体の供給は止まり、アメリカの軍事力や日本の経済力に影響を来す。実際に、コロナによって半導体の供給が滞ったとき、多くの製品の生産がとまり経済的に大打撃を受けたことは記憶に新しい。
中国はこうした日米欧の規制に対し、さまざまな策を打つことが予想されている。トランプ政権以前には、SMICなどの中国企業は半導体関連の先端企業に積極的にM&Aを仕掛け、技術取得の戦略としていた──どこか習近平の肝煎りで、帰化選手でかため強化を進めようとしたサッカー中国代表チームを思い出す──が、それもかなわなくなった現在、地政学的にはまさにチョークポイントといえるマラッカ海峡に位置するマレーシアのOSATを通じて半導体入手を行うのではないか、台湾に圧力をかけてTSMCから情報を得るのではないか、あるいはスパイによる情報入手を強化するのではないかといった予想だ。
そんななか、2023年8月、Huaweiが発売したスマートフォン「Meta 60 pro」に中国外の関係者は衝撃を受ける。バイデン政権の規制は、そもそも中国企業が生産できる半導体は線幅14〜16ナノメートルという数年前の技術が限界との想定で行われた。ところが、このスマートフォンにはSMICが製造した7ナノメートルの半導体「キリン9000s」が搭載されていたのだ。しかし、これは中国の独自技術開発の成果とはいいがたい。というのも、ASMLの旧型のEUV露光装置を使い、TS MCのエンジニアを高給で引き抜いて「キリン9000s」を開発させたといわれているからだ。
半導体をめぐるアメリカの中国に対するデカップリングは年々加熱している。
ジャーナリストの太田泰彦の『2030 半導体の地政学[増補版]』(日本経済新聞出版)では、そのものずばり地政学の観点で半導体技術のサプライチェーンを論じているわけだが、その冒頭でバイデン大統領が米議会の民主・共和両党の超党派議員グループ72名が署名する書簡の一節を読みあげた事実を紹介している。
「中国共産党は半導体サプライチェーンを再編して支配する侵略的な計画を抱いている」
この書簡が怒りに満ち、なんども中国共産党を名指しで批判するものだったと太田は書いている。