半導体のカーテン、コンピューティングパワーの天井
技術、経済、地政学から現在の論点をみる
第4回 中国への先端技術輸出を制限する地政学的意味
半導体は現代の地政学における最重要技術であり、その供給をめぐる国際的な攻防が熾烈を極めている。中国の「次世代AI発展計画」は2030年に世界をリードすることを目指しており、これに対抗する形で米国をはじめとする各国は半導体輸出規制を強化し、技術覇権を巡る争いが続く。
目次
現実的な独占レントを狙うべきか
日本の半導体技術力の先行きに見える光は確かなものだろうか。
小柴氏とは真逆の見方をする論者もいる。『半導体逆転戦略 日本復活に必要な経営を問う』(日本経済新聞出版)を書いた早稲田大学商学学術院の長内厚教授である。
長内教授はラピダスの戦略には批判的だ。IBMと組むとはいえ、半導体の線幅の微細化のトレンドのなかですっかりブランクのできてしまった日本企業には限界があるのではないかと。価値獲得に注力するアメリカ企業に対し、日本企業はいたずらに先端技術を追う価値創造に囚われてしまう。わたしにはそれはまるで『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』(戸部良一、寺本義也、鎌田伸一、杉之尾孝生、村井友秀、野中郁次郎著/中公文庫)で論じられた職人技の発露に囚われ、標準化が疎かになったことで兵站が崩れた旧日本軍の武器製造そのままの姿のように思えた。
長内教授はラピダスの戦略に対し、ソニーグループ、デンソー、そしてトヨタも出資するTSMCの子会社であるJASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing株式会社)を高く評価している。JASMは日本政府の粘り強い交渉によって誘致されたTSMC熊本工場の運営子会社である。
ソニーはイメジセンサーCMOSの製造にTSMCのロジックチップを調達している。逆からみれば、TSMCにとってソニーは大口顧客でもある。ソニーという取引先があることが、TSMC熊本工場設立の理由のひとつとなった。日本側も圧倒的なスピードで工場を完成させ、TSMC幹部に「やはりものづくりは日本だ」と言わしめたという。アメリカで建設中のアリゾナ工場は熊本より先に決まっていたにもかかわらず、未だ稼働していない。ちなみにTSMC熊本工場には、ソニーグループと東京エレクトロンの工場が隣接している。
先端とはいえ、十分に実用化の進んだ半導体を量産し、その生産力によって市場を支配し独占レントを確保する戦略こそ日本企業の復活の道だと、長内教授は説く。韓国、台湾企業の後塵を拝したのはまさにこの独占レントへの戦略を疎かにして、いたずらに最先端技術を、しかも自前主義の垂直統合で行おうとしたことが設備投資を膨らませ、市場が整わなかったがために回収もおぼつかないままに業績を悪化させたかつてのは日本企業だ。それを戒めとして捉えるべきだという。
もっとも長内教授は「九州で台湾との連携で半導体クラスターをつくりつつ、北海道では、欧米との連携で半導体クラスターをつくろうとする日本の戦略は、不確実性リスクを回避するリアルオプション的な技術戦略と見ることもできるかもしれません。」とも言うのだが。