出生と生産性をめぐるアポリア 第5回
テクノロジーが投げかける実存への問い
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2024.11.29
テキスト
都築 正明
IT批評編集部
生産性というマジックワード
経済再生を掲げて都知事選に立候補したある候補者は、少子化を克服することが生産性向上のための課題であることを主張し、あくまで数百年後の可能性の話と前置きしたうえではあるが「一夫多妻制を導入するとか、遺伝子的に子どもを生みだす」ことも視野に入れるべき問題だとした。かれは政治公約においても産業創出の軸として学校環境の改善と学校教育の充実を掲げた。選挙後のインタビューでは、子育てと学校教育は経済生産性向上のために必要だという考え方を改めて明らかにしている。過去には、性的少数者について、子どもをもうけることができないゆえに生産性がないという差別的な雑誌に寄稿した責任を追求され、政務官の職を辞した国会議員もいる。
2016年に、相模原にある重度障がい者施設で元同施設の職員だった男が入所者19名を死亡させ、26名に傷害を負わせた事件において、加害者は逮捕後に「生産性のない人間には生きる価値がない」と述べたという。映画「月」は、この事件をモチーフとした辺見庸の同名小説を下敷きにした作品だ。過去に先天性の病気で子どもを喪った経験を持つ主人公は、山奥の重度障がい者施設で働きはじめるものの、入所者への虐待や暴行が常態化する施設の内実に心を痛める。勤務後しばらくして妊娠したことを知った彼女は、高齢出産のリスクから出生前診断を勧められるが、命の選別にあたるこの診断を受けるかどうか、また堕胎をするかそのまま出産するかという選択に懊悩する。同施設には「さとくん」と呼ばれる心優しい同僚がいたのだが、ある入居者の姿を見たことで、彼我のちがいと自分の実存について悩み、先述の凶行を実行する。映画では主人公の選択は明らかにされないものの、生についてのさまざまな観点が輻輳して観客の生命観を問う作品となっている。