出生と生産性をめぐるアポリア 第2回
費用対効果計算が生命に及ぶとき
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2024.11.26
テキスト
都築 正明
IT批評編集部
ナチス・ドイツの圧政を逃れ亡命したハンナ・アーレントと盟友ハンス・ヨナスは出生主義を主張した。その背後には、ナチス・ドイツにおいてユダヤ人迫害より前から実施されていた生の選別をめぐる生の選別があった。
目次
出生主義を論じた亡命ユダヤ人哲学者
ハンナ・アーレントは『全体主義の起源』(大久保和郎訳/みすず書房)において、全体主義の脅威の1つとして出生を否定することを挙げている。アーレントは出生について、新しい活動をはじめることや、既存の秩序にとどまらない新しい価値観や制度をつくりあげる契機として考える。全体主義は、既存の制度を保守することを是とするゆえに出生を否定する。これに対してアーレントは出生を肯定することで政治的な公共性をつくり、全体主義を超克する可能性に希望を託すことを論じている。
アーレントが全体主義として分析の俎上に上げたのは、彼女がユダヤ人としてアメリカに亡命するきっかけとなり、ユダヤ人大量虐殺の中心人物であったドイツ親衛隊中佐アイヒマン裁判の傍聴記録としてのちに『エルサレムのアイヒマン──悪の陳腐さについての報告』(大久保和郎/みすず書房)にまとめられるナチズムと、旧ソ連のボルシェヴィズム・スターリニズムである。ユダヤ人として、身をもって経験した全体主義の抑圧そのものに加え、ユダヤ人女性が強制不妊手術を受け、出生を否定されていたことへの怒りもうかがえる。またアーレントの盟友であり、母親がアウシュヴィッツ収容所のガス室で亡くしたハンス・ヨナスは『責任という原理: 科学技術文明のための倫理学の試み』(加藤尚武監訳/東信堂)において、将来世代への責任を訴えるが、そのためには全体主義のような管理された人間を増やすのではなく、新しい世界を創造する多様な人々が生まれてくることが必要だとしている。