“ポスト・トゥルース”時代のナラティブとハルシネーション
第3回 世界の「わからなさ」にどこまで付き合いきれるか
SNSも主戦場に
またDARPAはN2プロジェクトと並行してSNSを研究するSMISC(Social Media in Strategic Communication)というプロジェクトも実施している。
これは誤情報や偽情報を特定して対抗ナラティブを生成するツールの開発を目指すもので、SNSで拡散される情報によってもたらされる感情や思考について、カギとなる言語や情報の流れに基づいてナラティブの文化的背景やコミュニティを追跡することで明らかにする研究も包含している。
このプロジェクトを主導したのは、当時DARPAのプログラム・マネージャを務め、AIを用いた認知形成の研究に従事していたランド・ヴァルツマン博士である。DARPA退所後はカーネギーメロン大学を経てランド研究所に入所して現在に至り、安全保障の国際会議GLOBSEC(正式名称:Global Security Forum)の諮問委員も務める人物だ。
博士が掲げる目標は以下の4つである。
- (a)アイデアやミームの発展の流れ(意図的)(b)意図的もしくは人を欺くための偽情報の検知と類型化、計測や補足
- SNSメディアのサイトやコミュニティにおける、人を説得しようとする意図的なキャンペーンの構造や影響力行使のための操作の認知
- 人を説得しようとする意図的なキャンペーンの効果計測やその参加者、意図の把握
- 敵対的な影響工作として検知されたものへの対抗メッセージの生成
兵器化するナラティブ
こうして考えると、DARPAが目指しているのは特定ナラティブにたいする敵の脳反応やそれに基づく行動をAIで予測し、新たなナラティブで上書きすることで予測するとともに、対象グループに属する個々のナラティブを対抗ナラティブで上書きすることで意図した行動変容を促すことである。
そこではSNSから得た個人情報をもとにマイクロターゲティングを行う手法のほか、なんらかの方法で対象となる敵の脳に関与して新しいナラティブを植えつけることも企図されているようだ。民主主義国家として情報統制が行えないことから迂回はするものの、大衆への心理操作や世論工作を試みることには変わりない。
個人のジェンダーやエスニシティなどの属性や、そのときに置かれているさまざまな状況に応じて“Daily Me”よろしくLLMにより生成したナラティブを注入することは、ケンブリッジ・アナリティカの時代よりも長足の進歩を遂げている。
ナラティブを兵器化しているのはもちろんアメリカだけではない。
イスラエルでは2012年にはSNS上を監視して対抗ナラティブを投稿する“早期警戒監視システム”を設置、2014年には世界中のユダヤ人留学生を少額で雇い、現地から親イスラエルの投稿を流している。
中国でも2003年に、情報戦争において認知の領域が重要な戦場だとされており、中国人民解放軍の機関誌「解放軍報」にはその後も「未来戦争」として“制脳権”“制脳作戦”といったタームが頻出している。
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