“ポスト・トゥルース”時代のナラティブとハルシネーション
第3回 世界の「わからなさ」にどこまで付き合いきれるか
ごつごつした現実の事象を滑らかに、そしてもっともらしく語り他者を連携していく方法であるナラティブは、同時に人々にありもしない夢を見させることができる。もっともらしさを生成するLLMはナラティブを強力な武器にしうる。とはいえ、わたしたちはナラティブなしに、あまりにもわかりにくくなりゆく現実を読みとることもできない。
目次
ナラティブと脳科学の連携による新たな情報戦略
ニューロ・エコノミクスとオキシトシン(信頼分子)概念の提唱者としてTEDスピーチ「信頼と道徳性、そしてオキシトシン(Trust, morality – and oxytocin)」で一躍有名になり『経済は「競争」では繁栄しない』(柴田裕之訳/ダイヤモンド社)などの著作をものしたクレアモント大学大学院の経済学・心理学者のポール・ザック、はDARPAの依頼を受けて共著論文「物語の核心:ナラティブに晒された末梢生理学は慈善活動を予期する(The Heart of the Story: Peripheral Physiology During Narrative Exposure Predicts Charitable Giving)」を記している。
エモリー大学で精神医学と経済学の教授を務め『脳が「生きがい」を感じるとき』(野中香方子訳/NHK出版)や『イヌは何を考えているか』(野中香方子、西村美佐子訳/化学同人)などの邦訳のある神経経済学者グレゴリー・バーンズもN2プロジェクトの委嘱を受けている。
2012年にイスラエル・パレスチナ・南アフリカの人々を対象に、イスラエル人とパレスチナ人の苦しみについてのナラティブを読ませてfMRIで脳反応を解析した研究で脚光を浴びたペンシルバニア大学の認知神経学者エミレ・ブルノーは、N2の依頼を受けて個人のナラティブが集団間のナラティブにどう影響するかを調査している。
N2プロジェクトは2015年に終了しているが、終了の1年前に記されたレポートは、このプロジェクトの最終的な目的に触れている。そこには、紛争解決やテロ対策のためにナラティブがもたらす脳反応をトレースするツールが必要であり、海外での情報工作のために集団の脳反応を認識するツールを開発することが挙げられている。
それだけではなくこのツールを、脳とAIとを接続するBMI(Brain Machine Interface)に援用することも記されている。
N2プログラムには“先進的脳モニタリング(Advanced Brain Minitoring)”というプロジェクトも設けられ、ナラティブの書き手と受け手の脳を接続する装置の開発も進められたという。BMIについてDARPAは1970年より研究を進めており、イメージするだけでドローンや兵器を操縦する実験も成功させている。