テクノロジーが福祉にもたらすもの
オズールジャパン代表 楡木祥子氏に聞く(1)

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

テクノロジーの発達によって実現が期待されることとして、バリアフリーとノーマライゼーションは間違いなくその筆頭に数えられるだろう。アイスランド発の世界的な義肢装具メーカーであるオズール社は、世界で唯一AIを搭載した義肢を製品化し、その実現への途をひらいている。日本法人代表・楡木祥子氏に、世界の最前線と日本の現状についてインタビューを行った。

取材:2024年3月5日 於オズールジャパン合同会社本社

 

 

楡木 祥子(にれき しょうこ)

茗溪学園中学校高等学校より1986-88年UWCアトランティック・カレッジ(英国)留学。1993年筑波大学芸術専門学群インダストリアルデザイン専攻卒業。建築設計会社を経て2001年国立障害者リハビリテーション学院義肢装具学科卒業。2001年義肢装具士資格取得。2018年筑波大学大学院MBA-IB取得。オズール社に入社後、オズール・アジア日本マーケット統括マネージャーを経て、2020年に日本法人化に伴いオズールジャパン合同会社代表に。

 

 

 

目次

国際バカロレア資格を取得後、建築設計会社を経て義肢装具士に

ジェンダー・ギャップ指数14年連続1位のアイスランドという国

テクノロジーと福祉のジレンマを超える

 

 

 

 

 

 

国際バカロレア資格を取得後、建築設計会社を経て義肢装具士に

 

――楡木代表は高校時代に英国留学を経験されているそうですね。

 

楡木 生まれたのは千葉県船橋市で、中学1年生からはつくば市にある中高一貫校の茗渓学園に入学しました。現在ではIB(International Baccalaureate:国際バカロエラ)やSSH(Super Science High School:科学技術重点育成指定校)にも認定されていますが、当時から帰国子女や帰国前子女との交流が盛んでした。私は高校2年生からUWC(United World College)に合格して、イギリスのアトランティック・カレッジ(United World College of the Atlantic)に留学しました。13世紀に建てられたセント・ドーナツ城内にある学校で、映画「ハリー・ポッター」シリーズのホグワーツ校のモデルとしても知られています。学生の構成は25%がイギリス人、25%がスカンジナビア人、25%がスカンジナビアではないヨーロッパ人、25%がアジアや南アフリカなどの国の出身でした。

 

――当時皇太子だった、チャールズ3世にも謁見されたと伺いました。

 

楡木 当時チャールズ皇太子がUWC会長だったので、謁見する機会が2回ありました。ヘリコプターから降りてこられるので学生が集まってくると、皇太子が両手を広げて「No Diana(ダイアナはいないよ)」と仰るのです。ダイアナ元妃と結婚されていたころでしたから。

 

――どのようなカリキュラムだったのでしょう。

 

楡木 2年間で国際バカロレア資格をとるコースでした。プログラムにはセオリー・オブ・ナレッジという探究型の学習もあって、奉仕活動や社会活動もカリキュラムに含まれています。私はブラインドスクールでプールで視力に障がいのある子どもたちに水泳とカヤックを教えるボランティアをしたり、障がいのある子どもの面倒をみながら遊んだりといった活動をしていました。国際バカロレアでは、3つのメジャー(専攻)と3つのサブ(副専攻)を選ぶのですが、私は専攻の1つに芸術を選んで好きになり、また評価もされたので、大学でも芸術方面に進みたいと思いました。卒業後は帰国して、筑波大学で生産デザイン――いわゆるインダストリアル・デザインを専攻して工業デザインを学んだほか、概論として建築や都市計画なども学びました。

 

――ご卒業後は、どうされたのでしょう。

 

楡木 建築設計会社に5年間勤務しました。いま考えると、自分が何をしたいのかが不明瞭だったのかもしれません。さまざまな建築デザインに携わるなかで医療福祉に関心を抱いて、老人ホームや病院の設計などをしていました。あるときリハビリテーション・センターのコンペに参加することになり、義肢装具室という部屋の存在を知りました。調べてみたところ、義肢をつくることに惹かれていきました。義肢装具士という職業があり、その資格を取得するには学校に通わなければならないことを知って、国立障害者リハビリテーションセンター学院を受験しました。3年間通学して資格取得後、臨床での仕事をしたり義肢装具士の学校で英語を教えたりしているなかで、オズール社の通訳と翻訳のアルバイトの仕事を紹介されました。

 

――そこで楡木社長の培ってきた国際経験とデザインと医療福祉との3つが、結びついたのですね。

 

楡木 経験やスキルを活用する機会は望んでいたのですが、当時の日本で結婚や出産を経た女性が責任のある仕事に就くことは困難でした。アルバイトをはじめてから1年も経たないうちに、社員として働くオファーをいただきました。

 

 

ジェンダー・ギャップ指数14年連続1位のアイスランドという国

 

――オズール本社のあるアイスランドは、ジェンダー・ギャップ指数が14年連続で1位です。日本は同指数125位と男女差が著しいのですが、どのようなところに違いを感じられますか。

 

楡木 昨年12月まで、在日アイスランド商工会の会長を務めていました。アイスランド人が就任するのが一般的なのですが、日本の女性の地位向上のために、アイスランドの事例をメッセージとして届けたいという思いもあって、お引き受けしました。さきほどイギリスのアトランティック・スクールの25%がスカンジナビア人だったといいましたが、アイスランドだけでなく、フィンランドやノルウェー、スウェーデンやデンマークなど、スカンジナビアの国々のジェンダー・ギャップ指数のスコアは総じて高いレベルにあります。私自身、帰国したときに日本のジェンダー・ギャップの大きさに驚きました。男女雇用機会均等法は施行されていましたが、当時は雇用についても社内ポジションについても歴然とした差がありました。成果をあげたいと思っても、結婚していて子どもがいるとそのチャンスさえ与えられません。その点では、オズール社は公平に機会を与えてくれましたし、成果を上げれば評価してくれました。そのぶん成果についてはシビアな観点から評価されますけれど。

 

――人事や評価体系の透明性が高いのですね。

 

楡木 はい、ガバナンスが効いています。NASDAQ上場企業には、女性の管理職の割合の開示義務がありますから、その緊張感もあります。アイスランドは警察官の汚職がもっとも少ない国ですが、正義を重視する国民性もあって、社内の不正にも厳しく対処します。経費を私的につかっていた場合にも、もみ消したり注意したりするだけではすみません。責任のあるポジションの人が、ある日突然いなくなったりする。その人がいたほうが企業の業績にとってプラスであっても、正義がそれを上書きするわけです。ですから、セクハラやパワハラはもってのほかという風土です。女性だけでなく、すべてにおいて正義のプライオリティが高いのです。

 

――アイスランドは、国際婦人年の1975年に、男女格差や性的役割分担に抗議して、女性が労働も育児もボイコットした日があったのですよね。

 

楡木 そのエピソードは、同じ労働でも女性の賃金が40%も少なかったことに端を発しています。そこで、8時間労働の6割が終了したところで、アイスランド中の女性がピタッと仕事の手を止めたのです。その時間についての賃金を受け取っていませんから。学校の先生も授業を中止して、銀行の窓口もストップする。アンペイドワークも例外でなく、主婦は食事をつくるのも、子どもを迎えにいくのもやめて、みんなで街中に集合しました。そこからジェンダー・イクオリティが進んできたという経緯があります。その後も、男女の賃金格差が明らかになると10月24日に仕事をストップするストライキが行われています。2016年には、女性の賃金のほうが男性より3割少ないことが明らかになり、14時38分に仕事を切り上げたそうです。2018年には、世界ではじめて男女の賃金格差を違法とする法律ができました。デモンストレーションというと、なにかを声高に叫ぶようなイメージがありますが、この運動は給与の分は働いてそれ以外をボイコットするので、定量的で説得力のあるものになっていると思います。

 

――現状のままで日本が男女平等を達成するには189年かかると試算されています。

 

楡木 いまの日本は明るい未来を想像できず、少子化を招いています。国にとって人口減少が危機的なことだとわかっていても、そこを乗り越えて未来を作ろうという気になれないというのは、サイレント・レボリューションです。社会全体で考えるべきことだと思います。

 

――アイスランドも、欧州経済危機の影響を大きく受けたものの、そこからV字回復を遂げていますね。

 

楡木 2007年ぐらいのことでしたが、アイスランドの銀行が全部営業を停止してしまったので、当社のトランザクションも3カ月間ストップしてしまいました。当時のレポートには、男性的な経営が続いてきたことも原因だと記されていました。とくに喫煙所や就業後の飲み会などのボーイズ・クラブで物ごとが決定されてきた経緯が問題視されました。その反省として、多様性の重視が求められたのです。物ごとを決めるときに、同質の集団だけでは歯止めが効かないこともありますから。

 

――料亭での会食で重要事項が決まってしまう日本の政治状況を考えると……。

 

楡木 アイスランドでは女性政治家も多いですし、現在の首相も女性です。

 

――アイスランドでは、世界ではじめて直接選挙で選ばれた女性大統領も輩出してますね。

 

楡木 そうなんです。1980年に女性が大統領になったときに、ファンダメンタルと人権尊重について熱心に取り組みました。そういう意味では、学びの多い国です。ジェンダー・イクオリティもそこに起因する少子化も、時期を逸してしまったら下がりつづけるしかありません。189年もかかったら、その頃には子どもがいなくなってしまいます。

 

 

 

 

 

 

テクノロジーと福祉のジレンマを超える

 

――20歳で列車事故で両足と右手を失われた会社員・Youtuberの山田千紘さんが、貴社のアンバサダーをされていますが、山田さんとはどういう経緯で出会われたのですか。

 

楡木 当社の製品は、飾りものではなく使ってこそ価値がわかるのものです。義肢は補装具でありつつ、合う合わないなどもあって、だれでもなんでも使えるというわけではありません。山田さんは手術後、国立リハビリテーションセンターに入所していました。山田さんが就職して5年ほど経ってから、会う機会がありました。彼は障害者総合支援法のもとで支給された義肢を使って家と仕事場を往復する生活を送っていました。

 

――山田さんの著書『線路は続くよどこまでも』(廣済堂出版)には、労災認定がおりなかったことや体幹に障がいがなかったことで、希望するスペックの義肢を利用できなかったことが書かれています。

 

楡木 税金を使う以上、ある程度の線引きは必要だとは思います。しかし若くて仕事もしているのに、厚生労働省にも認められて販売もされている義足をつかえないということには大きな疑問を抱きました。実際に会って、山田さんからはさまざまなことにチャレンジしたいというパッションを感じましたから、アンバサダーとして当社の製品を貸し出すことにしました。そこには、障がいを持ちつつ社会復帰をしている人について、もっと寛容になってほしいという願いもあります。

 

――日本と海外とでは、福祉の考えかたにもギャップがあるのでしょうか。

 

楡木 海外では、社会に復帰する人の福祉は最優先されます。GDPにも貢献しますし税金も納めることになりますから、義足についてもよいものが提供されます。また子どもの面倒をみたり、親の面倒をみたりといった社会的活動についても考慮されます。

 

――山田さんは昨年、義足での富士山登頂に成功されました。

 

楡木 彼がYoutubeチャンネルを開設して登録者数が10万人になったときに、次にどんなチャレンジをしたいかを聞いたところ、日本で1番高い富士山に登ってみたいと言いました。私自身、富士山に登ることにどんな意味があるのかを考えてみました。そこで思い至ったのは、富士山に登ることは、困難であるにせよ日常生活の延長線上にあるということでした。山田千紘個人の夢を叶えるというよりも、日本中の障がい者のチャレンジへの夢を絡めることができると思ったので、応援することにしました。特殊な義足が必要なわけではなく一歩一歩の積み重ねで富士山頂までたどり着くことができる――これは実際に登頂に成功したからこそいえることです。

 

――義足では、マイクロプロセッサはどのような働きを担っているのでしょう。

 

楡木 コンピュータを搭載していない義足では、床反力――床からの反作用の力――しか伝わりません。健常者は立っているときに意識せず膝関節を固定していますが、アナログの義足を使用している場合、その姿勢を保持する力を入れなければなりません。マイクロプロセッサーが搭載されている義足であれば、停止状態で膝関節を自動的にロックしますので、余計な力をいれる必要がありません。とくに転倒の危険については細心の注意が払われています。片方の足が着地してからもう1度同じ足に着地するまでの歩行周期については、立っている足と宙にある足の役割から5段階に分けて考えます。アナログの義足では、床反力がこの状態だからこう動くという正常なパターンに基づいて設計されています。転倒は歩行周期のスキームがルールどおりに進んでいないときに起こりますから、マイクロプロセッサーで制御されている義足の場合は、転倒するパターンを検知した場合はそこでブレーキをかけます。転倒するといっても、義足を装着した方の場合は、両足で一度に倒れることになります。とくに膝が折れた状態で転ぶと、そのまま手や体幹を骨折したり、顔から地面に落ちたりしますから、仕事をしている方はしばらく仕事をすることができなくなりますし、育児や介護をしている方はそれもストップしてしまいます。マイクロプロセッサーは転倒するパターンを検知しますから、転ぶタイミングでブレーキングを効かせて装着者の安全を守ることができます。

 

――オズール社の義足は、世界で唯一マイクロプロセッサにAIを用いているそうですが。

 

楡木 AIは、より装着者の生活に適応した動きができるよう用いられています。装着者の生活に必要なパラメーターにあるいくつかのゴールを設定して、そのために必要な情報を学習していきます。

 

――義肢を装着した方が重大事故に陥らないようにマイクロプロセッサが制御し、装着者の生活に合致した動きを獲得するためにAIに学習させるわけですね。

 

楡木 義足装着者の転倒は、健常者の転倒とはまったく異なります。場合によっては命にかかわりますから。

 

――そうしたお話を伺うと、義肢についての福祉がまさに人権問題だということがよくわかります。

(2)に続く