ソフトウェアからハードウェアへ IT技術25年周期説で占う未来
第3回 「計算」「記憶」「検索」から「生成」へ

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テキスト 桐原 永叔
IT批評編集長

 

25年周期と景気循環は今後の好況を示している

 

25年周期で、これまでのITの進化史を主要なマシン、デバイスの変遷を追いながら振り返りつつ、現在から先の25年を「生成AI時代」と想定して考察してきた。

同時に、この25〜30年は日本にとって衰退の途であったと、世界のトップから落伍していく歴史であったともみている。それはちょうど半導体製造の世界シェアを失っていく歴史であり、主流となりうるITサービスを時代に即して社会に実装できなかった歴史でもある。

それはまたバブル崩壊後のデフレを言われつづけた30年ともほとんど一致している。

堀江貴文氏はYouTube番組で生成AIの登場をふまえて「30年ぶりの時代変化」と述べた。30年ぶりといえば、今年の2月、日経平均株価はバブル期につけた史上最高値3万8957円44銭(1989年12月29日)を更新した。7月には4万2000円に突入している。実に34年ぶりのことだ。

バブル崩壊は日本産業の衰退の端緒である。景気が低迷してデフレ期に入り、企業の設備投資は冷え込みイノベーションが発生しづらい時代が始まった。それでもなんとか2000年代初頭までは気を吐いていたのも束の間、GDPはずるずると順位を下げ、気づけば中国に抜かれ、今やドイツが背後に迫っている状況だ。

IT進化の25年周期でいえば、このターンは日本にとって非常に厳しい時代だったといえる。奇しくもこの25年は、50年の景気循環の有名な説であるコンドラチェフの波でいっても収縮期の25年と一致している。

コンドラチェフの波が正しいなら次の25年(50年周期の半分)は拡張期に入ることになる。これが当たっているかはわからないが、急落があったとはいえ好調な株価、数十年ぶりのインフレ状態と景気回復の様子が伺えるようになってきている。

日本が電子立国を成し遂げた1970年からの20数年は「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と謳われるほどのプレゼンスを発揮し高成長が続いていた時代でもある。成長はとどまることはないと思っていたし、それはジャパンマネーが猛威をふるった経済のみならず、半導体をはじめとする先端技術分野でも世界に支配力を発揮した時代でもあった。

当時は、ソビエトの軍事力と日本の経済力がアメリカを悩ます大きな問題だった。アメリカはまさに安全保障を軍事と経済の両面で脅かされていたのだ。

経済戦争のなかでも、アメリカが当初から注意していたのが半導体である。半導体を軍事転用することで武器は先鋭化するし、半導体はあらゆるマシン、デバイスの機能を高度化、高速化し、国力を高める。そこまでアメリカにはわかっていた。だからこそ、日本への牽制が始まったわけだ。惜しむらくは、「産業の米」とまでいわれたはずの半導体の可能性、将来性を日本の政治家で真に理解する者がいなかったことだ。

ビジネスパーソンの多くも日本の経済成長は実力によるものと信じ切って、景気の循環など見向きもしなかったし、時代の深層を読んではいなかった。

石原慎太郎とともに盛田昭夫は『NOと言える日本: 新日米関係の方策』(光文社)を書き、経済力と技術力でアメリカを超えて世界ナンバーワンになれると断言していた。当時もっともグローバル感覚に優れたソニーの創業者にしてこのような認識だったのだ。

 

NOと言える日本: 新日米関係の方策
盛田 昭夫, 石原 慎太郎 著
光文社
ISBN-978-4334051587

第4回に続く

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