スペクタクル、東京、近代個人主義
ITは25年周期で進む
都知事選である。6月28日の告示の4日前、主だった──こうしたキャスティングの恣意性こそ、メディアの横暴だと今回ほど批判を浴びた選挙はなかった──候補者4名、すなわち、現職の小池百合子氏、前広島県安芸高田市長の石丸伸二氏、元航空幕僚長の田母神俊雄氏、前参院議員の蓮舫氏を集め、東京青年会議所がオンラインで開催した討論会において、そこはかとなくのんびりした議論を耳にした。
経済政策について質問された小池百合子氏は「コンドラチェフ循環」と言い、景気の予測は難しいと言いだした。どうにもピントが外れている印象を受けた。「コンドラチェフ循環」など、ここで出すものだろうかと思った。それは安芸高田市の市長を務める前はメガバンクのエリート行員であり京都大学の経済学部を卒業している石丸伸二氏も同様だったらしく、小池氏にその発言の意図を質した。すると、今度は小池氏、太陽の黒点変化と景気動向の相関についてふれた。これには失笑を禁じ得なかったわけだが、同時に慣れないタームを賢しらに用いればこういう印象が伝わるという自戒にもなった。
太陽の黒点変化と景気動向についてはともかくとして、コンドラチェフ循環についてすこし解説しておけば──慣れないタームを賢しらに用いる愚を犯そうとしているのか?──、ソビエト連邦の経済分析シンクタンク「景気循環と景気予測研究センター」の所長だったニコライ・コンドラチェフが今からおよそ100年前の1925年に発表した論文で景気には大きな循環性あることを発見し「コンドラチェフの波」と命名したものを、オーストリア出身の経済学者でイノベーション理論の提唱者であるヨーゼフ・シュンペーターによってコンドラチェフ循環と名付けられた経済理論である。かいつまんでいえば、景気は50〜60年の周期で1つのプロセスを循環しているという説だ。景気はおよそ25年で拡張(好況)し、その後25年ほどで収縮(後退)するという反復である。
シュンペーターは18世紀後半の初期産業革命以降に顕在化する長期波動を、20〜30年で好況期と後退期にわけて第1次世界大戦後までを見通し、こうした波動の原因に、戦争などの経済外部からの突発的な影響、人口動態のような長期にわたる継続的な影響、そしてイノベーションなど生産方法の進化の3つを挙げている。このうちイノベーションをもっとも重要視するのはいうまでもない。
100年前の理論など古臭いもの、ましてや生き馬の目を抜くごとく変化する経済状況など、当時とはまったく別の様相をみせていると考えるかもしれない。そうであればこそ、くだんの小池氏の唐突な発言に鼻白む思いをする。
しかし、コンドラチェフ循環は現在でもそうとうに意義のある理論だといえるようだ。わたしは討論会のあとに少しして、ある本のことを思い出した。社会学者であり、日本のカルチュラル・スタディーズを先導した、東京大学の名誉教授である吉見俊哉が2017年に上梓した『大予言 「歴史の尺度」が示す未来』(集英社新書)である。
同書において、さまざまな歴史理論と経済理論を照らしあわせながら、繰り返される歴史のプロセスの長さ(尺度)について分析している。登場する名前は、マルサス、コンドラチェフ、シュンペーター、ウォーラーシュテイン、ブローデル、アリギ、ホブズボームあたりまで網羅的に検討されている。
「IT批評」をやっているわたしが興味を惹かれたのは、著者の説である25年の尺度をITの歴史に当てはめるとぴったりな点である。著者もマイクロプロセッサ(CPU)の開発された1971年とインターネットが爆発的に普及を遂げるきっかけとなったWindows95が発売しされた1995年の周期について言及している。わたしはさらにこの前後についてもすぐに思い至った。1971年のちょうど25年前にあたる1946年こそ、最初期のコンピュータである「ENIAC」が登場した年である。そして、1995年の27年後、2022年暮れ、ChatGPTが一般に公開され生成AIの時代が始まった。もっといえば、2020年の25年後、2045年はレイ・カーツワイルが、シンギュラリティの到来を予測した年である。
『大予言』はChatGPT以前の刊行物でありながら、この符合はさらに著者の説を信憑性のあるものにしている。