アントカインドが示す物語の未来
第2回 カウフマンが描いてきた物語の迷宮
映画のエンドロールが流れた後、しばらく席を立てない。そんな体験をした記憶がある方もいらっしゃるかもしれません。チャーリー・カウフマンの作品は、そういった物語の“余韻”をひきずらせる独特の魅力があるように思います。彼の作品はいずれも「記憶」や「自己」との向き合い方に観客を巻き込み、ラストカットの後に考えさせられる物語が多いように思います。カウフマンの語りがどのように“迷宮”として築かれてきたのかをたどりつつ、小説『アントカインド』に繋いでみようと思います。
目次
映画作品が刻んだ “時間の迷宮”
チャーリー・カウフマンという名前が広く知られるきっかけが、1999年公開の『マルコヴィッチの穴』だった、という方も多いのではないでしょうか。俳優ジョン・マルコヴィッチの頭の中に通じる小さな扉。そんな突飛なアイデアを軸としたこの映画は、当時の映画界でも異彩を放っていたと言われます。主人公の意識に“乗り移る”という設定は、直感的に自己と他者の境界を問いかける試みだったようです。
その後カウフマンは、『アダプテーション』(2002)、『エターナル・サンシャイン』(2004)といった作品で脚本を手掛けました。『エターナル・サンシャイン』では、忘れたくない過去、消し去りたい記憶の間を揺れる恋愛を描き、第77回アカデミー賞オリジナル脚本賞を受賞しています。時間と記憶の構造を操作する語り口は、この後もカウフマン作品に受け継がれています。
2008年の『脳内ニューヨーク』では、劇場監督自身が巨大な“人生再現舞台”を作り上げ、その舞台の中で劇を行うという、劇中劇です。この映画について、ロジャー・イーバート誌は公開当時のレビューで繰り返しの鑑賞を勧め、視聴ごとに理解が深まる体験を高く評価しています。
パンデミック期の2020年9月4日からは、監督、脚本を手がけたNetflixで『もう終わりにしよう。』が配信されました。劇場での公開から配信という流れの中で“家庭で体験する映画”として、時間と空間の境界が改めて意識された作品ともいえるでしょう。
これらを振り返ると、カウフマンはいつも「視聴者の時間と記憶を触媒とする語り手」であり、視聴後に考える時間、解釈する時間を作品に備える仕掛けを重ねてきたように思えます。
映像表現者が小説『アントカインド』で試したこと
カウフマンの初小説『アントカインド』に対してガーディアン誌は、「Escherの階段を走るような体験」と形容し、可笑しさと過剰さを併せ持つ作品として紹介しました。最低限のあらすじに留めますが、主人公はB.ローゼンバーガー・ローゼンバーグという映画批評家です。彼は、老映画作家インゴ・カットバースが1人で撮り続けた“視聴に3ヶ月かかる”ストップモーション映画と出会います。その唯一無二の作品が火災で失われることとなり、主人公は自分の記憶から再現することに固執していくという流れです。
映画では編集や演出、音楽で“流れ”が組み上がりますが、小説では読者自身の“流れ”で読み進められると思います。カウフマンの作品ではないのですが、Netflixのバンダースナッチのように、視聴者の選択でシナリオが枝分かれしていく“インタラクティブ映像”の実験が話題になったのを記憶している方もいるかもしれませんが、次の映像、シナリオを選択できるのみなのに対して、小説は、シナリオ自体も読者が自分で時間の流れをコントロールできる幅と深さを持っている点に違いがあると思います。
映画で築かれてきた“迷宮”の感覚は、小説『アントカインド』によって新たな形で “迷宮の入口”を開かせたのかもしれません。映像と読書、どちらが優れているという話ではなく、どんな速度で、どんな順序で、どんな記憶の残り方で物語を体験したいか。そんな物語との向き合い方そのものへの問いを与えられたような気がしています。次回は『アントカインド』の象徴・モチーフに触れていきたいと思います。
チャーリー・カウフマン (著)
木原 善彦 (翻訳)
河出書房新社
ジョン・キューザック, キャメロン・ディアス (出演)
スパイク・ジョーンズ (監督)
クリス・クーパー, スパイク・ジョーンズ, ニコラス・ケイジ, メリル・ストリープ (出演),
スパイク・ジョーンズ (監督)
ジム・キャリー, ケイト・ウィンスレット (出演)
ミシェル・ゴンドリー (監督)
フィリップ・シーモア・ホフマン, サマンサ・モートン (出演)
チャーリー・カウフマン (監督)
ジェシー・プレモンス, ジェシー・バックリー, トニ・コレット, デヴィッド・シューリス (出演)
チャーリー・カウフマン (監督)
フィオン・ホワイトヘッド, ウィル・ポールター, クレイグ・パーキンソン (出演)
デヴィッド・スレイド (監督)






