LA(Learning Analytics)で学びをつなげる
京都大学学術情報メディアセンター教授 緒方広明氏に聞く(2)

教育が話題にのぼると、学習者がその輪に入らないまま、だれもが一家言を表明して百家争鳴の議論が沸き起こる。学習者を中心として教育データを利活用するLAの世界では、こうした状況は起こらない。個人のライフステージと時代の変化に応じてだれもが学び、だれもが教育のステークホルダーになっていくこと――教育DXによって、それが実現するかもしれない。

緒方 広明(おがた ひろあき)
京都大学 学術情報メディアセンター 教授
1998年徳島大学にて博士号(工学)取得。 その後、徳島大学工学部知能情報工学科准教授、米国コロラド大学ボルダー校生涯学習デザイン研究所客員研究員、九州大学ラーニングアナリティクスセンター長、同大学主幹教授などを歴任し、2017年4月から京都大学学術情報メディアセンター教授。同大学大学院情報学研究科社会情報学専攻併任。エビデンス駆動型教育研究協議会代表理事。日本学術会議 「教育データ利活用分科会」幹事。文部科学省「教育データの利活用に関する有識者会議」委員。 教育データ科学、ラーニング アナリティクス (学習分析)、エビデンスに基づく教育のための情報基盤システムなどの研究に従事する。著書に『学びの羅針盤: ラーニングアナリティクス』 (丸善ライブラリ、共著)、『学びを変えるラーニングアナリティクス』(日経BP社、共著)などがある。
目次
- 留学時に英語で苦労したことから生まれた「BookRoll」
- GIGAスクール構想をきっかけに学習内容の充実を
- AIが個々に応じた学習方法を提案することで、履修主義から習得主義に
- 時代の変化に合わせた教育のありよう
- データで変わる教育の姿
留学時に英語で苦労したことから生まれた「BookRoll」
先生がLAに注力されたきっかけはありますか。
緒方 徳島大学にいたころも教育工学そのものは研究していましたが、32歳のときにアメリカのコロラド大学に1年半留学したことがきっかけとなりました。なにしろ英語が通じなかったのです。私が話していることも通じないし、向こうが話してることも理解できませんでした。これは、留学したほとんどの方々についても一緒で、しかも同じような状況で同じようにつまずいていました。そこで、こうした学習の体験を共有すれば、海外に来る前に自分で事前に予習ができるだろうと考えました。当時は現在のような環境はなかったのでPDAをつかって、わからなかった言葉や状況について写真を撮ったりビデオを撮ったりして記録して、共有するツールを作成しました。それが現在の「BookRoll」の雛形になっています。
そこから、教育についても同じものを開発したのですね。
緒方 英語ツールで学びの体験を共有することの重要さを実感した後に、学校教育でも毎年同じ内容を繰り返して教えているので、どこでつまずいて、どう解決したかということを共有してあげれば、多くの学習者の困難を解決できるのではないかと考えました。教科書を読むときに難しかった箇所や、理解するのに時間がかかった事柄を共有することで、学びをサポートできるのではないかということです。帰国してから開発に取り組み、現在に至ります。
たしかに、つまずいたところというのは乗り越えてしまうと忘れたりもします。
緒方 そうなのです。そこを過ぎると別のことを学習するので、その経験はこれまで教員のカンと経験として残ることを期待するしかありませんでした。
先生方も、教え方を反省することがあるかもしれませんが、それも個人の工夫という範疇になってしまい、蓄積や共有がなされないわけですよね。
緒方 先生によっては、指導案と同時に反省点を記録されている方も多いと思います。それを共有すれば、もっと多くの児童生徒に質の高い学習がいきわたります。
先生がPDAからスタートした取り組みから、デバイスも発達してデータもクラウド上に保存できるようになった、ということで、時宜を得てLAの環境が整ったことになりますね。