データとエビデンスで教育を変える ― LA(Learning Analytics)の視点から
京都大学学術情報メディアセンター教授 緒方広明氏に聞く(1)

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聞き手 都築 正明
IT批評編集部

コロナ禍における外出自粛期間で、教育機会がいとも簡単に失われることが明らかになった。前倒しされたGIGAスクール構想によって、1人1台の学習端末が行き渡った現在、教育の内容を充実させることが急がれている。学びのデータを分析し、学習の個別最適化をはかるLA(Learning Analytics)の第一人者である緒方氏に、教育分野におけるDXの展望を聞いた。

緒方広明

緒方 広明(おがた ひろあき)

京都大学 学術情報メディアセンター 教授

1998年徳島大学にて博士号(工学)取得。 その後、徳島大学工学部知能情報工学科准教授、米国コロラド大学ボルダー校生涯学習デザイン研究所客員研究員、九州大学ラーニングアナリティクスセンター長、同大学主幹教授などを歴任し、2017年4月から京都大学学術情報メディアセンター教授。同大学大学院情報学研究科社会情報学専攻併任。エビデンス駆動型教育研究協議会代表理事。日本学術会議 「教育データ利活用分科会」幹事。文部科学省「教育データの利活用に関する有識者会議」委員。 教育データ科学、ラーニング アナリティクス (学習分析)、エビデンスに基づく教育のための情報基盤システムなどの研究に従事する。著書に『学びの羅針盤: ラーニングアナリティクス』 (丸善ライブラリ、共著)、『学びを変えるラーニングアナリティクス』(日経BP社、共著)などがある。

目次

LA(Learning Analytics)とはなにか

都築正明(以下、―)まず、先生の研究されているLA(Learning Analytics)とはなにか、お聞かせください。

緒方広明氏(以下、緒方) 現在、児童生徒や学生が1人1台のICT端末を用いて学習するGIGAスクール構想に基づいた教育が行われています。LAでは、学習者の学んできたプロセスである学習ログを利活用して、データサイエンスの手法から定量的な分析を行うとともに、その結果を用いたエビデンスに基づく教育を実践することを目指しています。

これまでの教育は、政策と研究、学校現場での温度差が大きかったように思います。

緒方 たとえば、かつて「ゆとり教育」路線として推進された教育指針についても、定量的な評価がなされないまま批判の対象とされて「確かな学力」路線へと転換された経緯があります。実際にメリットを得られたのは教育産業だったようですけれど。

当時はPISA(Programme for International Student Assessment:OECD加盟国の生徒の学習到達度調査)の読解力順位が落ちたことや「分数のできない大学生」が喧伝されて、世論が反転しました。

緒方 教育においては、どのような子どもに育ってほしいかという人間像を設定して、それを共有することがまず必要だと思います。そうしないと、そこに至るプロセスとしての学習方法を設計することはできませんから。データを用いることで、それぞれの立場から参照できる共通のエビデンスをつくることができます。

国際比較でいうと、日本の場合は公財政支出が先進国中では最下位に近いものの、家庭の教育支出がそれをフォローしている――というのが定説でしたが、実は家庭支出も低成長の影響で下がってきています。

緒方 教育は「国家百年の計」といわれます。私は、さまざまな事情で教育から遠ざかってしまう学習者に手を差し伸べるのがテクノロジーを用いることの意義だと考えています。個人の能力や家庭の状況にかかわらず学ぶことができて、生涯学びつづけるきっかけをつくりたいと考えています。

理解度を表現することが困難な子どもについても手を差し伸べられそうですね。

緒方 実際に、特別支援学校とも連携して実証研究を進めています。

特別支援学校は、障がいのある子どもの教育について周囲の学校に助言する役割も期待されていますが、データを用いることでこうした連携もスムーズになりそうですね。

緒方 研究としてははじまったばかりですが、そうしたことも期待できます。

ティーチング・マシンとしてのCAI(Computer Aided Instruction:コンピュータ支援教育)の発想は古くからありましたが、先生が取り組まれているのは教える側でなく学ぶ側に立ったCAL(Computer Aided Learning:コンピュータ支援学習)のシステムですね。

緒方 学びというのは人の内面での働きですから、個人によって異なります。データによってそれを可視化させることで個別最適化をして働きかけることが重要です。

これまでは、どの分野でつまずきやすいといったことについては教員の経験から得られることが多かったと思いますが、定量的な評価をもとにすれば、早い段階で理解を促すことも可能ですね。

緒方 個々の状況も把握できるので、たとえば前の学年の分野に立ち返って教えることもできます。

クラス単位の授業ではどうしても先に進まざるをえないこともあると思いますが、そうした時点でつまずいてしまうことも減りそうですね。

緒方 一斉授業ではこれまで見逃されてきたことについても気づいてもらえるようです。また、テストでは測ることのできない非認知能力についても考慮することができます。

非認知能力ブームのきっかけとなったヘックマン『幼児教育の経済学』(古草秀子訳・東洋経済新報社)では、公民権運動と同時期にアフリカ系アメリカ人を対象に行われた「ペリー就学前プログラム」のデータが用いられていて、現状には即していないとする見方もあります。

緒方 LAでは、逐次の学習データを蓄積して、それをフィードバックするとともに蓄積して利活用していきますから、学ぶ時点に即した最新のデータを用いることができます。細かいところまでデータ化して分析し、それをフィードバックするというサイクルですから、情報の密度も高いものになっていきます。

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