TVRoll.jp が模索するテレビの未来

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テレビの視聴スタイルを劇的に変えたい

私たちは自分で思うほど能動的にテレビを観ているわけではない。新聞の番組表を毎朝眺める人も、あるいはテレビ番組雑誌を購入して情報を積極的に得ている人も、実はどちらも与えられた番組の中から選択しているのにすぎない。

予約録画機能を駆使するなら、一日の中での選択肢はより幅広くなるが、限られた情報の中から選んでいる限り万全とは言えない。何より、そこまで手間をかけて毎日番組録画をしている人がどれほどいるだろうか。「たくさん録画ができて便利」という方向性だけで考えてしまえば、それこそ全チャンネル録画機は限定されたマーケットしか持てない。

だが、多くの人にとってテレビとは、一日中つけっぱなしにしておくBGVか、余暇につけて観るひまつぶしの役割を担っている。否定的な意味合いで言っているのではない。忙しい現代人の注意を、各人の嗜好にチューニングすることなく引きつけておくことのできるテレビのコンテンツ力は賞賛に値する。

そして「なんとなく」観るには、テレビのチャンネル数はやはり少なすぎる。前述のように、地上波は首都圏でも全部で9チャンネル。番組の傾向は時間帯によって似てくるため、実際の選択肢はもっと少ない。

全チャンネル録画機があれば「なんとなく」観るにも選択肢は大幅に増える。実際の体験から言えば、選択肢が多すぎて、もはや「なんとなく」では選べないくらいに幅が広がる。そのため、好きな芸能人とか、業界のニュースとか、それこそ能動的にキーワードで絞り込まなければ観る番組を選ぶことすらできない。この感覚はネットで検索をかけているのによく似ている。

テレビとネットの体験を分け隔てているのは、まず情報の量なのだ。

TVRoll.jp の技術的な側面を担当した河野氏も、全チャンネル録画機の開発にあたって、まずは検索機能に磨きをかけることを考えた。キーワード検索やシーン検索を便利にすることで、視聴スタイルの変化を実感してもらえるのではないかと考えたからだ。だがその方向性は途中で破棄された。キーワード検索機能をどんなに強化しても、ユーザーの知っているキーワードがもとになっている以上、情報の広がりに限りがあるからだ。

その代わりとして河野氏が目をつけたのがツイッターと2ちゃんねるだ。前述のように、ネット上ではテレビ番組についての発言がかなり多い。2ちゃんねるにはテレビ番組の実況板があるし、ツイッターでもハッシュタグで呟きながらネットの向うの「知り合い」と同時視聴を楽しむスタイルが定着している。これらの発言を利用することで、ユーザーに見知らぬ番組との出会いを提供することはできないだろうかと河野氏は考えた。

考えてみれば、私たちがマスメディアを利用するのは、まだ知らない情報との邂逅を求めるからだ。マスメディアは、世の中の事象や流行を編集して届けてくれるが、多くの人々が注目したり言及したりするキーワードを拾うことで、編集機能の代替が果たせるのではないか。

こうしてTVRoll.jp は、他に類を見ないソーシャルなテレビ体験を提供するサービスとしてその姿を現すことになった。

T V R o l l . j p という家電メーカーからの提案

実際にアレックス6と連動させて、TVRoll.jp を使ってみた。

まず、アレックス6に録画された番組の一覧(過去番組表)から観たい番組を選ぶと、テレビ番組の画面とともにツイッターで語られたコメントが上から下へと流れるように表示される。

コメントは番組画面と連動しているため、テレビを観ながら皆が何を呟いているかを一望できる。コメントが画面上ではなく画面脇に表示されることを除けば、ニコニコ動画のようでもあり、またテレビをつけながら楽しむ2ちゃんねるの実況板のようでもある。

次にTVRoll.jp の真骨頂である番組検索を試してみた。ここでは過去1週間にわたって、ツイッターと2ちゃんねる上で語られたテレビに関する話題をデータベース化している。流行の話題は検索機能で探すこともできるが、頻繁に語られたキーワードを集めて「勢い」でランク付けしたタグクラウドからも見つけることができる。「勢い」とはニコニコ動画における弾幕のようなもので、ネット上の発言の盛り上がりを独自の指標で数値換算したものだ。

「勢いナビゲーター」にある「勢いグラフ」を利用すると、過去にさかのぼってネット上で盛り上がった番組を見ることができる。「勢いグラフ」にマウスポインタを乗せると、たとえば「17:58:43 日本テレビ10.00ptsNHK40.00pts」などと表示される。

これはこの時刻に、NHKの番組を観ながら呟いた人が、日本テレビの番組を観ながら呟いた人の4倍に上ったことを示している。

これまでテレビの視聴に関する数値は視聴率しかなかった。しかし視聴率では番組が観られているかどうかがわかっても、視聴者の満足度まではわからない。しかも、この視聴率は全テレビ受像機から集められるものではなく、全国でわずか6250世帯にしか測定器は設置されていない。TVRoll.jp の「勢い」は、まだ粗い試みとはいえ、テレビ視聴に新たな指標を持ち込もうとするものだ。

またユーザーはテレビ番組の一部分だけを切り取ったロールを作ることもできる。録画番組に対する編集作業のようなものだ。テレビ番組は通常、30分や1時間といった長さで放送されることが多いが、これは番組編成上の都合であってコンテンツ内容に即したものではない。

かつて音楽産業において、レコードが収録できる時間にあわせてアルバムの長さが決められていたように、テレビ番組もコンテンツ内容ではなく放送の枠にあわせて編集されている。だがiPod に代表される携帯型ミュージックプレーヤーが普及した現在、好みでない曲も混ざったアルバムを、頭からお尻まで我慢して聴くようなスタイルは崩れた。1曲単位で購入できる楽曲を好きな曲順に編集して楽しむのが現在の音楽視聴スタイルであるのなら、テレビ番組も好きなシーンだけを切り取っていけない理由があるだろうか。

テレビをいま一度コミュニケーションの道具に

全チャンネル録画機のアレックス6とTVRoll.jp は一見、既存のテレビ局のビジネスモデルに対する挑戦であるかのように見える。だが、TVRoll.jp開発者の二人の考えはそうではない。質、量ともに膨大なテレビのコンテンツが、ネット上で過去にさかのぼって楽しめるようになることで、ユーザーがテレビの魅力を再発見すると二人は考えている。

そのためにはテレビ局はこのような新しいサービスとのWIN-WIN の関係を構築することが必要だ。もし、アレックス6の録画機能を利用した現在のTVRoll.jp のサービスそのものが拒否されるようであれば、ネットとテレビの融合はまた何年も遅れることになるだろう。

かつて、テレビは茶の間の王様と言われていた。黎明期には街頭テレビに多くの人が群がり、数の少ない家庭用テレビを買った家は、近所の大人たちのたまり場となった。そこでは、現在の2ちゃんねるやツイッターのように、ゆるいつながりの顔見知り同士がテレビ番組を媒介にひとつになって盛り上がる姿が見られたことだろう。その名残は、いまでもパブリックビューイングなどで見ることができる。

だが、テレビが一家に一台の時代を経て、一部屋に一台となった現在では、家族がそろって居間のテレビを観る光景は失われた。子どもは子ども部屋でアニメに興じ、母親が寝室で韓流ドラマにふける間、父親は居間でひとり野球を観ているのだろうか。

テレビはひとりで観てもつまらない。TVRoll.jp では、ツイッターのアカウントを通じて、テレビを観ながら流れるコメントに参加することもできる。テレビ(マスメディア)のネット(ソーシャルメディア)化とは、再びテレビをコミュニケーションの道具とするためのひとつの試みなのだ。

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