ITproのための「ももクロ論」補論②

ARCHIVE

桐原永叔

 

 

第1回は、AKB48とももいろクローバーZを、戦略性の違いから読み解きはじめた。第2回はより大胆に、ITアーキテクチャの類型にそって、AKB48とももいろクローバーZを比較してみる。以前から言及されてきたようにAKB48をオープン型のアーキテクチャとしてみたとき、ももいろクローバーZにアーキテクチャと呼べるものがあるのか? 現在までの活動を読み解きながら、両グループをみていく。

第2話 ももいろクローバーZにアーキテクチャはあるのか? AKB48のもつ戦略的な構造から読み解く

『ももクロ論』では、AKBとももクロについて、それぞれのグループの構造やコンテンツ生産の構造をアーキテクチャの観点で粗描した。AKBとももクロを、製品アーキテクチャの分類に従って、モジュラー型/インテグラル型、オープン型/クローズ型に分けてみたのだ。

モジュラー型はパソコンなどの製品にみられる構造で自律的なモジュールを組み合わせることから「組み合わせ型」とも呼ばれるものだ。パソコンのようにCPU、メモリ、HDD、ディスプレイなどそれぞれ別の企業で製造された部品が独立しながら、あるルールを順守することで全体を構成(疎結合)している製品を指す。

モジュラー型のAKBとインテグラル型のももクロ

ここまでの議論でもおわかりのように、AKBのアーキテクチャはモジュラー型の特徴を多く備えている。AKBはバラバラの芸能事務所に所属するタレントを、一定のシステムのもとへ構成させ、「劇場公演」「握手会」といった、さまざまなイベントを標準化されたインターフェイスとして結合している。

このシステムの強みは、メンバー間の依存度がさほど高くなくメンバーの入れ替えに自由度があり、選抜総選挙などの結果によってさまざまにグループの構成やサブグループ、ユニットを頻繁に作り替えることができることだ。

現在、社会インフラに関わるような大規模システムでさえモジュラー型アーキテクチャへ移行しつつあることもみても、可変性と拡張性にすぐれたモジュラー型は時代の速度に対応できるものだ。その意味で、短命だった女性アイドルの分野で、AKBがその能力をいかほど発揮するかは気になるところだ。

AKBをモジュラー型とすれば、一方のももクロはインテグラル型といってよい構造をもっている。2011年4月の早見あかりの脱退を受けて、それまでの「ももいろクローバー」という名称に最終型を意味するであろう“Z”を付し、グループメンバーの可変と拡張を明確に否定している。

このようにメンバーを固定して、お互いのキャラや役割分担や関係性を最適化して調整していく構成を、AKBのモジュラー型に対してインテグラル型ということができるだろう。「擦り合わせ型」とも呼ばれるインテグラル型アーキテクチャは、たとえば自動車のように部分と全体が密接に関係する構成(密結合)であり、各部品の調整も難しくコストもかかる。

モジュラー型と比べて完成までには時間がかかるものの、ひとたびうまく機能しはじめるや、全体の完成度はモジュラー型よりも高くなる。メンバー間の関係も依存度を増すが、それが互いのスキルを引き出しながら全体を最適化していくことになる。『ももクロ論』で、わたしはももクロを時速300キロで走行する軽自動車とたとえ、部品(メンバー)同士が少しでも噛み合なければ待っているのは大破だとすれば、その関係を最適なものにするのが最優先されると述べた。

両グループのアーキテクチャの違いは、それぞれのファンの在り方を見てもわかりやすい。AKBのファンにはそれぞれ「推しメン」があり、場合によっては他のメンバーのアンチにすらなりえるが、それがグループの活動の支障にならないのは、各メンバーの独立性を保つアーキテクチャに依るところが大きいからだ。

それに比して、「モノノフ」と言われる、ももクロのファンに、個別メンバーではなくグループ全体を推す「箱推し」が目立つのも、グループの総合力に発揮されるアーキテクチャの特性によるものでないかと考えられる。そして、このインテグラルな構造はライブ・パフォーマンスにこそ強く発揮されるものだ。

オープン型のAKBとクローズド型のももクロ

AKBグループの総合プロデューサーである秋元康氏はAKBのシステムについて2011年12月15日の朝日新聞で、「AKB48は巨大資本の専門職がつくったウィンドウズではなく、ユーザーが任意に参加し拡張するリナックスである」と述べた。

アーキテクチャの分類では、オープン型はリナックスのように不特定多数と仕様を共有するもの、クローズド型は特殊な仕様のために共有が困難なものを指す。先に見たモジュラー型はオープン型と、インテグラル型はクローズド型と相性がいいのは想像しやすいことではないだろうか。

そうした比較でみれば、秋元氏のいうようにAKBグループがモジュラー・オープン型アーキテクチャの特徴をもっているのは同意してもらえるだろう。

ももクロは、クローズド型の特徴に相対させた方が論じやすい。メンバーがインタビューなどで答えているように、メンバーに対してさえスケジュールはギリギリまで知らされない。大きなイベントのセットリストでさえ数週間前に知らせられ、メンバーの驚き困惑する姿はファンには見慣れた光景である。さらには、ライブ中に次のイベント会場や日時をメンバーに知らせるといった演出が慣例になっていることを踏まえても、ももクロの運営は、どこか密室的なものとして演出されている。

ももクロのUstream番組などで、時折、マネージャーの川上アキラ氏やメンバーが、“大人の事情”として秘匿しておくべきタイアップ・コンテンツの内容や参加イベントについて、つい口走ってしまい慌てて訂正するといったことがある。これを指してクローズ型だと言いたいわけではないが、どこかで隠されたものが進行していることを結果的にファンに意識させているのは付言しておきたい。(AKBにも同様に“大人の事情”は十分にあり、それは隠されているが、ファンの意識にのぼるのは稀だ。それ以上に、オープンにされた仕様に注目がいくからだろう。)

スペックは優劣か、付加価値か

ももクロではメンバーの互換性もきわめて低く、メンバー間に競争原理は働きづらい。こうした特徴は独自性とも、希少性とも深く結びついているが、ニーズの変化には強いとはいいづらい。

しかし、ももクロのファンは、メンバー間に競争を求めてはいないだろう。メンバーがじゃれあったり仲良くしている様子をプロ意識の欠如と見る者もほとんどいないだろう。これがAKBであれば、ファンは進んでメンバー同士を比較しメンバーのもつ競争優位性(たとえば握手会での対応など)を発見し、それをファンみずからの利益として考える。

この違いは何を意味しているのだろうか。スペックの差異を、優劣でみるか、付加価値としてみるかの、ファン(ユーザー)側のスタンスの違いとしていうこともできるだろう。優劣の判断は多くが期待されるスペックに対して行われるが、付加価値については予期しないものに対する個々の好悪に委ねられる。

クラスターを越境してファンとなった「モノノフ」にとって、アイドルへの期待値はそもそも高いものではない。この点は、育成されることをコンセプトにする(つまり未熟であることを前提とする)AKBも同様かもしれないが、成長の度合いは選挙などさまざまなかたちでメンバー間の格差として表れる。競争原理がもちこまれた時点で、スペックの差異は優劣として見られるしかない(そのスペックの差異はファン以外にはほとんど関心を向けられるような内容にはなっていないとしても)。

製品アーキテクチャに話をもどせば、モジュラー・オープン型には(比較可能な)スペックの優位性を求める傾向が強く、インテグラル・クローズド型には付加価値を求める傾向が強いという考え方もできるのではないだろうか。現在の多くの市場で見られる低価格化と高級化という二極の志向を、この2グループから読みとることもできるだろう。

アジャイル的なAKBとウォーターホール的なももクロ

ファンに対し運営側が(メンバーの選抜の方法などの)仕様を公開して、ひろく参加させることでグループの活動に反映していくAKBのオープン性はこれまでにも多くの分析がある。さらに付記するならば、未完成な状態のままリリースされるAKBとは、現在、注目される「リーンスタートアップ」的な手法であるとも言える。イノベーションの激化する市場環境に効率的に対応するために、商品サービスをプロトタイプの段階で市場投入し、そのフィードバックによって市場に適した品質向上と価値創造を果たそうとする取り組みである。

AKBグループのメンバーは、アイドルとして未熟な状態(研究生として)でデビューし、ファンからのフィードバックによって、方向性を見定めながら育成しされていく。ほとんどリーンスタートアップそのままともいえる。

近年、市場からのフィードバックに対応しながら品質を高めていくシステム開発やソフトウェア開発の技法に「アジャイル」といわれるトレンドがある。AKBの運営には、このアジャイル開発との親和もみられる。自生的に生まれたネットのファンコミュニティにおける感想や意見をフィードバックして、運営に反映しているのだ。ファンからのフィードバックだけでなく、他のアイドルグループの動向や、ゲーム、アニメといったコンテンツの市場環境の変化にも対応しているようにみえる。近年では珍しいほど、CDシングルのリリースの短いサイクルなどもアジャイル的といえば、いえそうだ。

一方のももクロはどうだろうか。ももクロは、ジャニーズ事務所の男性アイドル、たとえばSMAPや嵐といったグループのようにお茶の間に浸透する存在になりたいというビジョンに、紅白歌合戦出場、国立競技場でのライブといった具体的な目標値をおき、長期的な工程を設定して、そのなかに現時点のフェーズを位置づけながら成長を促してきたとともいえる(先日のライブで、リーダー百田が「大会場がゴールではない」と言ったことが、ファンに響いた理由もこのあたりにありそうだ)。

こうした視点では、アジャイル的にコンテンツ開発されるAKBに対し、ももクロには旧来の「ウォーターホール」型に近い開発思想が表れている。CDシングルのリリース・サイクルも長く、そのシングルごとに(大御所や気鋭の作詞家、作曲家を参入させて)新たな「設計」が加えられ、(彼女らが「アウェー」と呼ぶ)他ジャンルのイベントへのスポット出演といったかたちで「テスト」がくりかえされている。——こうして例えると、デビュー当時、メインで作詞作曲を行い、アイドル文化の基本をよく理解していた前山田健一氏は、ももクロの「基盤設計」をしていたといえば、意地が悪い分析になってしまうだろうか……。