プラットフォームクロニクル OS戦記〜70年代から熾烈につづく攻防戦の行方②
i P h o n e 登場で激変のデジタルプラットフォーム
2007年、アップル社はiPhoneを発表する。これはMac OS XをベースにつくられたiOSを搭載したスマートフォンで、人気のiPodの機能を搭載しMacと同じウェブブラウザ、Safariを搭載。これは幅広い業界に強烈なインパクトを与える革命的製品だった。
まずは、パソコンのOSの代わりも果たし始めていたウェブブラウザへの影響を見てみよう。
Safariの基盤技術はWebKit という名でオープンソース化されているが、iPhoneのすぐ後を追って登場したグーグル社製スマートフォンのアンドロイドも、このWebKit を標準ウェブブラウザに採用、また携帯電話で世界トップシェアのノキア社や、企業向けスマートフォンでiPhone登場前に大成功を収めていたRIM社のBlackberryも高機能スマートフォンでWebKit ベースのブラウザを採用することを発表。グーグル社はChromeという独自ウェブブラウザを開発し、それを元にしたChrome OSという家電製品用OSの開発も始めたが、これもWebKit を元にしている。
ウェブブラウザと言えば、1990年、ティム・バーナーズ=リー氏がネクスト製コンピューター上で生みだし、1993年につくられた画像を扱えるNCSA Mosaicで世界的ヒット。その開発者が創業したNetscape社のウェブブラウザが一時は世界を制覇しかけたが、ウェブの重要さに気がついたマイクロソフト社がWindowsと半ば一体化したInternet Explorerをリリース。裁判で抱き合わせと認められ、分離をさせられるが、それでもブラウザ市場の75%ほどのシェアを占め、どんな競合も寄せ付けなかった。そんな中、SafariをはじめとするWebKit 系ブラウザは、今後、パソコン以上の成長が見込まれているスマートフォン市場で短期間に圧倒的シェアを握ってしまった。
アプリケーションソフトウェアの世界にも大きな変化が訪れた。最初の1年間、iPhoneは他社のアプリケーションを受け入れていなかったが2008年夏に、App Storeというアプリケーション販売のストア機能を搭載すると、わずか半年ほどでWindows CE/Mobile誕生から8年間の累計アプリケーション本数をあっさりと抜き去ってしまった。iPhoneの爆発的ヒットにより、iPhone用アプリケーション開発に世界中のソフト開発者が集まったからで、その本数は2年後には30万本ほどまでに到達する。
iPhone用アプリケーションの約2・5割に当たる6万本以上はゲームエンターテイメントタイトルだが、これはPSPやNintendo DS用のゲームエンターテイメントタイトル数と比べても10倍以上の数となっており、実はiPhoneは携帯型ゲームプレーヤーとしても無視できない存在となってきている。
出荷台数的にも2010年中頃にはPSPの累計出荷台数を追い抜いた。Nintendo DSも、携帯電話機能を取り除いたiPod touchと、大型画面搭載のiPadの台数をあわせれば射程距離におさめている。2009年、PSPとNintendo DSが揃って、コンテンツをインターネットからダウンロードできる新モデルを発表したことは、iPhoneのApp Storeを少なからず意識した結果だろう。
アップルは、iPod、iPhone、iPadといった製品の人気で、パソコン製品のMacの売り上げも徐々に伸び始めてきたが、一方で、2010年秋には、それまで鳴かず飛ばずだったテレビ用セットトップボックス、Apple TVをiPhoneと同じiOSベースで作り直し、価格を99ドルに値下げ。それまで展開していた映画のレンタルに加え、ハイビジョンテレビ番組の99セントレンタルのサービスも開始。リビングルーム市場への大攻勢を始めた。
iPhone、iPad、iPod touch、Apple TVの連合を迎え打とうとするのは、世界中のスマートフォンメーカーにオープンソースで無料の家電用OS、アンドロイドを提供するグーグル社だ。それまではスマートフォン中心だったアンドロイドも、2010年秋からはiPad対抗のスレート(板)型のものが登場し、さらにはテレビに内蔵されたGoogle TVなる製品も誕生した。Google TVを使えば、通常のテレビ番組に加えユーチューブなどのインターネットに掲載された動画も簡単に検索して楽しむことができる。両市場では、今後、アップルとグーグルの熾烈な争いを目の当たりにすることになりそうだ。一方で、パソコンOS市場を制したマイクロソフト社も黙ってはいない。同社はWindows9 5の成功の後、パソコン用OSの不発をつづけていたのに加え、スマートフォン市場もすっかりアップルとグーグル社に奪われてしまったが、2010年秋にリリースのWindows Phone7で、スマートフォン市場に再参入を果たす。
そしてポストPC時代へ
Altairの発売開始からの35年間、多くの企業がパソコン業界に参入したが、5年、10年単位の本質的変化をもたらせている企業は昔から変わらない。インテル、マイクロソフト、アップルにグーグルが加わったくらいだ。そのアップルのスティーブ・ジョブズは2010年1月、こんなことを言っている。「PCはもはやトラックのような古くさい存在になった。まだ生き残るだろうが、だんだん使う人は減っていく」
ジョブズは、まだまだ出始めたばかりで使いにくいところも多いが、我々が徐々にスマートフォンなどに代表されるポストPC機器に移行していく未来を予見しているようだ。
無秩序に進化したパソコンは、マウス操作が複雑になり過ぎたことに加え、ソフトの不正コピーの問題やウィルスの問題など、さまざまな問題を放置し山積みにしてしまったが、iPhoneやiPadに代表されるポストPC機器は、パソコンの過ちから学び、これらの問題を解決している。
また、これまでのパソコンが、効率化の名の下に人々を机に縛り付けて、自由な時間を奪っていたのに反して、ポストPC機器は、ノートパソコンよりはるかに優れた携帯性で、我々の生活シーンのさまざまな場面に情報革命の恩恵をもたらし始めている。
今、我々は70年代、Apple IIが誕生した頃と同じような、新しい世界の広がりの出発地点に立っているのだ。
※この記事は『IT批評 VOL.1 プラットフォームへの意志』(2010/11/30)に掲載されたものです。