モバイルWebのためのマーケティング戦略

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Webアナリスト 伊藤要介

諸外国にはない進化をつづける日本のモバイル環境。今やビジネスにおいてモバイルWeb活用は、次世代戦略として欠かせないものになりつつある。モバイルのマーケティングについて著作を出した伊藤要介氏に、その概要を語ってもらった。

 

モバイルWebが日常的なインフラになる

2 0 1 0 年現在、日本における携帯電話の契約台数はおよそ1億1200万台。国民一人あたり一台の計算になります。そのうち9割以上がモバイルWebの契約者です。9割という数字は日常生活に不可欠なインフラに匹敵する普及率となります。

モバイルWebの市場規模も、着うたやゲーム、コミックといったコンテンツ市場と、商品やサービスを販売するコマース市場とをあわせて2兆円に迫ろうとしています。

また、数字には表れないものの広告宣伝やマーケティングなどによる間接収益も非常に大きいと考えられます。なぜなら携帯電話は「24時間30㎝」と言われるように、常にユーザーに密着した、まったく新しいメディアだからです。

しかし残念ながら現状、モバイルWebのマーケティングはまだまだ有効に活用されていません。その理由は大きくわけると次の3点に集約されます。

①モバイルサイトは普及の速度、技術の進化が速過ぎる。

②モバイルサイトはキャリアや端末によって仕様が異なる。

③モバイルユーザーの嗜好や動向がわからない。

 

PCとの違いがモバイルWebを面白くする

①については、NTTドコモが「iモード」の名称で携帯電話のインターネット接続サービスをはじめたのが1999年ですから、わずか10年足らずでインフラクラスにまで成長を遂げたのはスピーディーだったと言えるでしょう。

逆に言えば、もたもたしているとモバイルマーケティングの波に乗り遅れることになりかねません。パケット定額制の加入者が続々と増えている現在、敬遠しているうちにビジネスチャンスを逃がしてしまったのでは目も当てられません。

②については、確かに当初はドコモとauが異なるWeb記述言語を用いていたため、コンテンツ提供者がキャリアによって異なるサイトを準備する煩雑さがありました。しかし現在は規格が揃い、ほとんどの携帯サイトがキャリアの区別なく閲覧できるようになりました。

また、端末によって異なるデータ通信の速度や画面サイズについても、アクセス解析を利用してユーザー層を把握することでインターフェイスに反映させることが可能です。たとえばユーザー層を絞りたくなければ、画面サイズはQVGA(240×320ピクセル)、通信速度は384kbps といった十分に普及した規格を使用することになりますが、最新機種を持っている層向けのサイトであれば、VGA画面(480×640ピクセル)、速度2・4Mbps、フラッシュを生かしたリッチコンテンツなどを有効に利用することができます。いずれにしても、PCのWSXGA画面(1280×1024ピクセル)、速度100Mbps(光回線)などと比べると雲泥の差ですから、通常のWebとはまったく違った方針でのサイト作成が必要になります。

③についても、PCの前に着席していることが前提となる通常のWebユーザーに比べて、モバイルWebユーザーの行動傾向が読みにくい面はあります。しかし、まさにそこがモバイルマーケティングの肝になります。

PCでのWebマーケティングにおいては、ユーザーにある程度「ネットを使うぞ」という心構えができているため、利用客の呼び込みやサイト内での動線などが中心になります。フィジカルワールドにたとえるならば、ショッピングモールに店を構えることを前提に、いかに店舗を改装するかの試みになります。

しかしモバイルWebにおいては、ユーザーの行動はフィジカルでの生活に大きく依存していることがアクセス解析から読み取れます。たとえば都市部では電車での通勤時間帯にWebアクセスが多くなりますが、車通勤が中心の地方ではテレビドラマが終わる時間帯から深夜にかけてアクセス数が増えていきます。フィジカルワールドにたとえれば、展開したい商売に有効な立地条件を探すところからマーケティングがはじまります。

このモバイルマーケティングに役立つのがアクセス解析です。ユーザーの利用実態のデータは、PCでのネット以上に直接的に、またアンケート調査以上に本音の、個人の動向が理解できるツールになります。モバイルのアクセス解析は、近著の『携帯サイト アクセス解析』で詳述しています。ユーザーの行動に即応できるモバイル

マーケティングの世界では、古くからあるAIDMAの法則に代わってネット時代に対応したAISASが注目を集めています。これは現代の消費者が商品購入にあたって、検索(Search)や共有(Share)といったネット上での行動を大切にすることから、広告代理店の電通が提唱した理論です。

しかしモバイルマーケティングにおいては、ネット上の情報がまだ乏しいことと通信速度や通信料金の問題から、検索や共有はそれほど重要なものと見なされていません。それよりも消費者に密着したツールというモバイルの特徴を考えたときに、むしろ一昔前の理論であるAIDMAのほうがより現実に対応している面があります。なぜならモバイルユーザーは、目の前に起こった関心に従って、即座に好奇心を満たすためにWebにアクセスするからです。

その意味ではモバイルマーケティングの目的は、「フィジカルワールドで起こった関心をネットでの行動に引き込むこと」、つまり「携帯サイトにアクセスしてもらうこと」になります。誤解をおそれずにいうならば、PCのWebは商品購入にあたって冷静な比較検討をユーザーに許しますが、モバイルWebはより刹那的なアクセスと衝動買いを誘うものになります。

ちなみに、2009年にインプレスR&Dが携帯電話で利用している機能を調査したところ、写真撮影(94%)に次いでQRコード(68%)が上位を占めました。また雑誌の77%、ポスター広告の52%がQRコードを利用しているという結果も出ています。

アクセス解析から見えるユーザーの行動

モバイルマーケティングにおける一連の心理プロセスは、ほとんど一瞬で終わります。雑誌の広告を見てQRコードからアクセスするという消費者の一瞬の行動を起こすためにモバイルマーケティングがあるといっても過言ではありません。

そこで重要となるのはユーザーのライフスタイルです。学生なのか社会人なのか、車通勤なのか電車通勤なのか、昼型人間なのか夜型人間なのか、そういった日々の時間にあわせて「ワンクリック」してもらうアプローチが必要になってきます。

ここでアクセス解析が生きてきます。モバイルWebへのアクセスが多い時間、サイトのページをじっくり読んで滞在が長くなる時間帯などの情報と、マーケティングしたい企画が合致する条件を見つけることが大切になります。

たとえばDM一つとっても、働いていたり学校の教室にいたりする時間に送ったのでは、サイトにアクセスしてもらうことはできません。ユーザーが「自由」になる瞬間を把握し、その瞬間へのアプローチで携帯電話に手を伸ばしてもらわねばならないのです。都市部では携帯電話を眺めている人が多い電車通勤の時間帯は、地方では帰宅後自宅でくつろいでいる頃です。

飲食店の店舗紹介サイトへのアクセス解析を例にとって、時間帯によるアクセス状況の違いについても見てみましょう。

朝はほとんど動きがありませんが、昼休みになるとアクセスが上がります。これは休憩時間に飲食店に関するデータを収集しているものと思われます。午後はまたアクセスが減少し、17時過ぎになると再び騒がしくなります。この時間帯は所在地ページへのアクセスが多いことから、集合前に場所を確認する人が多いとわかります。この傾向はしばらく続き20時頃にピークを迎えます。こちらは予約してあった一次会が終わって、二次会の店を探そうとする動きだと思います。その後、終電前後に再びアクセスが増えるのは、朝まで飲み明かそうと店舗検索しているのです。

こうした生活情報は1日の中だけでなく、1週間や1年というスパンでも見られます。たとえば平日と休日のデータは明らかに違いますし、8月となると学生のアクセスが1カ月とおして

休日の行動となります。

詳しいモバイルのアクセス解析事例は『携帯サイト アクセス解析』でも紹介していますが、たとえばオフシーズンにはスポーツ情報へのアクセスが落ち込みますし、昨年の総選挙時には

開票速報が始まった途端ニュースサイトへのアクセスが急増しました。携帯サイトは暇つぶしとして利用されることが多く、通勤時間や昼休みなどの空き時間に、ゲームや小説、コミックなどのコンテンツが人気を集める傾向があります。

このように、いつ誰がどのような情報を求めているかは明らかです。飲食店がクーポンを発行するなら、すでに決まった店の場所を探す夜間よりもお店を探している昼休みに送ったほうがよいでしょう。深夜営業を売りにしている店ならば、終電前に露出を増やしてアプローチするなどの手法が考えられるかもしれません。

 

サイトとユーザーの間に絆をつくる

携帯サイトにおいてもっとも難しいのは「アクセスしてもらうこと」です。携帯サイトを利用する層としない層がはっきりわかれていることもありますが、アクセスの手段をユーザーが知らないという要因も大きいでしょう。

PCのWebではネット広告、SEOやSEMなどの検索エンジンに対する施策が用いられますが、モバイルWebにおいては常に持ち歩いている携帯電話と相性のよいフィジカルな社会に接点を設けることが重要になります。その代表がすでに述べたQRコードです。

SNSサイトがテレビCMに力を入れているように、広域のプロモーションは入口として大きな効果を発揮しますが、それだけではすぐに利用動機を失ってリピートにつながりません。そのため、日々の更新などでユーザーの心をつかみ、信頼関係を築くことが重要になります。なぜならモバイルは秘匿性が高く、かつ密着性の強いメディアだからです。

SNSをはじめとしたコミュニティサービスの人気が高いのはそのためですが、ほかのサイトでも「信頼」と「親近感」は大きなポイントになります。情報を更新したり、問い合わせに対応したりするスタッフは非常に重要な存在になるということです。現場のスタッフが正しい知識を持ち、適切な対応をすることでユーザーからの「信頼」を高めることができるからです。

また、サイトの構築段階からスタッフを巻き込み、更新作業を手がけさせることで、スタッフがサイトに対して「親近感」を持ち、ユーザーとサイトの間をつないでくれるでしょう。もちろんメールマガジンも顧客をつなぎとめ、定期的にサイトアクセスに結びつけることに大いに役立ちます。

また、ユーザーがサイトに参加できるような仕掛けや企画も「親近感」をつくるのに役立ちます。たとえばサイトに対する意見や感想をコメントフォームに書き込んでもらい、それを後から公開してコメントをつける。こうしたコミュニケーションを持たせることによって、ユーザーに「大切にされている」という感覚を持ってもらうのです。

キーワードは「絆」です。アピール範囲が狭くて深いものとなる携帯サイトのプロモーションは、一方的な情報提供では心に響きにくく、双方向コミュニケーションが重要視されるからです。つまりユーザーを単なる「客」と見るのではなく、「仲間」ととらえて互いを結びつけていく感情面に訴求するアプローチが重要となります。

そのために必要なのは、アクセス解析が示すPVや滞在時間などからユーザーの心理を指標として測定し、対策を練っていくことではないでしょうか。