ソーシャルリーディングが変える電子書籍の今と未来

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三浦一紀

欧米諸国では、すでにその存在が確立されている電子書籍。一方日本においては、いまいちメインストリームにはなっていない。なぜ、日本では爆発的な普及にまで至っていないのだろうか? 考察してみよう。

電子書籍タイトルの供給体制を整えよ

 

電子書籍は、欧米ではかなり普及している。米Amazon.com が発売する電子書籍端末「Kindle」の存在がその主な要因だ。Kindle は、モノクロの電子インクディスプレイを採用した電子書籍端末で、無料で3G回線を利用することができるため、ユーザーは気軽にAmazon のストアにアクセスし、豊富な電子書籍コンテンツを購入することができる。

また、70万を超えるタイトルがAmazon.com には用意されているのも、電子書籍をより身近なものにしていると言える。

一方日本では、iPad やAndroidOSを搭載したタブレット型端末の登場を引き金に、電子書籍が注目され始めた。また、電子書籍専用端末もシャ

ープの「Galapagos」やソニーの「Reader」といったものが登場。

iPhone や各種スマートフォンでも電子書籍を読めることを考えると、ハードウェアの種類でいえば、十分揃っていると言える。

しかし、致命的なのがコンテンツ供給の仕組みだ。現在、日本においては端末を提供するメーカーが、独自にブックストアをオープンし、端末のユーザーに購入してもらう仕組みをとっている。

そのため、Aという端末では販売されているコンテンツも、Bという端末では販売されていないという事態が発生してしまう。簡単に言えば、読みたい本が読めるかどうかは、自分が買った電子書籍端末次第ということになってしまうのだ。これでは、読書体験の醍醐味である「本を選ぶ」という楽しみが半減してしまう。

これは筆者の個人的な考えだが、これまで紙媒体を中心に扱ってきた出版社は、電子書籍に対してあまり積極的ではないように思える。どちらかというと、電子書籍を自分たちの領分を犯す敵とみなしているとさえ感じられることもある。

現在では、多数の出版社が新刊書籍や雑誌を電子書籍としてもリリースしているが、まだタイトル数としては少ない。たとえば、Galapagos にコンテンツを提供する「TSUTAYA Galapagos」では本稿執筆時点で約2万4000点、Reader にコンテンツを提供する「Reader Store」は1万5000点ほど。通常、個人経営の書店でも2万冊ほどの在庫があるのが普通なので、その少なさがわかるだろう。

これらを解消するには、各出版社がもっと積極的に電子書籍のタイトルを投入し、コンテンツを増やすことにかかっている。また、電子書籍端末のメーカーを超えて、どの端末からでも購入が可能なオープンなオンライン書店の登場も、待たれるところだ。これには、各メーカーが力を合わせることが前提となるのは明白。まだまだ黎明期なのだから、自社のことだけではなく、電子書籍市場全体を押し上げるべく、努力をしてもらいたい。

ただし、書籍や雑誌をただデジタル化したものがあればいいというわけではない。電子書籍には電子書籍ならではの作り方があるはずだ。文字だけではなく、音声や動画といったコンテンツも視野に入れたマルチメディアな内容こそ、電子書籍に向いているのではないだろうか。

また、新刊にこだわるという必要性もない。個人的には、あまり書店では買えないようなマニアックな書籍や、青空文庫のような著作権が切れた文学作品を電子化したものなどこそ、電子書籍には適しているのではないかと思っている。在庫を持たなくてもよいという、実店舗の書店にはない、電子書籍のメリットを存分に活かせるのではないだろうか。

 

電子書籍における新しいビジネスモデルの模索

 

電子書籍のもうひとつのメリットとしては、制作にかかる初期費用を安く抑えられる点が挙げられる。紙媒体に比べると、印刷代と紙代がかからないためだ。

このメリットを活かしたビジネスモデルが、電子書籍の世界では動き出している。そのひとつが「絶版本」だ。

「絶版本」とは、出版された本のうち、その大元となる版を廃棄して、以後発行しないと決められた書籍を指す。現在では、出版社が増刷をしないと決めた作品を指すことも多い。

通常著作物には、著者に著作権があり、出版社に出版権がある。この両者の合意がなければ、本を出版することはできない。

絶版本は、出版社が権利を放棄していることが多いため、著作権だけクリアすれば、電子書籍として出版することはそれほど難しいことではないのだ。

このビジネスを推し進めているのが、漫画家の赤松健氏が設立した「Jコミ」(http://www.j-comi.jp/) だ。

赤松氏は、絶版となったコミックをPDFファイルに変換し、無料で配布している。

第一弾としてテスト公開した赤松健氏の「ラブひな」は、全14巻のダウンロード総数が300万に届く勢い。コピーガード技術は導入されておらず、ダウンロードしたPDFファイルは誰かに配布してしまって構わないというのも特徴的だ。

 

無料で配布してもビジネスとして成立する新しい広告システム

 

無料で配布しているとなると、気になるのは収益モデルだ。実はこのサイトでは、作品のPDFファイル内に広告が入っている。読者がその広告をクリックすると、広告主のサイトにアクセス。このクリックにより広告収入が著者に入るという仕組みだ。

また、広告収入の金額はブログで公表され、著者にどのくらいお金が入ったのかがわかるようになっているのもおもしろいところだ。

依然ベータテスト中だが、ベータテスト第三弾となる「ベルモンド LeVisiteuR』(全3巻)」の公開1カ月での広告料金は73万5200円。これは広告手数料などをすべて引いた純利益となり、すべて著者の収入となる。

これまで、絶版本を復刻するという試みは紙媒体でもあったが、ある程度の部数が見込まれないと実現しなかったり、実現しても1冊の単価がものすごく高くなってしまったりという面があった。

しかし、電子書籍であれば印刷代や紙代はゼロ。すでにある漫画原稿をデジタル化して、広告をセットにするだけで、著者も読み手もうれしい関係を築くことができる。まさに、電子書籍のメリットを最大限に活かしたビジネスモデルと言えるだろう。

また、電子書籍の登場で自費出版の敷居も下がっている。

paperboy&co. 運営の「パブー」(http://p.booklog.jp/) というサービスは、小説や漫画、写真集など気軽にコンテンツを作成でき、それを電子書籍として出版。販売までを簡単に行えるようにしたプラットフォームだ。

執筆中は随時公開できるので、読者の反応を見ながら書き進められるのもポイント。完成したら価格を設定して販売すれば、売上の70%が印税として支払われる。

従来の自費出版を行っている企業も、電子書籍出版を手がけているところが増えている。電子書籍を絡めたビジネスは今後、一般ユーザーを巻き込んで進化していくだろう。

読書体験を共有するソーシャルリーディング

 

電子書籍によって、新しいムーブメントも起きている。それが「ソーシャルリーディング」だ。

ソーシャルリーディングを一口に言えば「読書体験の共有」ということになるだろうか。たとえば自分が読んでいる作品の感想を書きこんだり、他の読者の感想を読むことができる。

これだけならば、複数人で本を持ち寄って内容について議論する「読書会」などを開催しているグループもあり、それほど目新しいこととは言えない。また、SNSや巨大掲示板などで本の感想を書き込んでいるグループもあることから、電子書籍ならではという印象は薄い。

しかし、電子書籍により新しい形のソーシャルリーディングのスタイルが形成されつつある。

2010年8月にiPad アプリとして登場した「Qlippy(クリッピー)」は、iPad で読んでいる電子書籍の文章をスクラップしたりコメントを付けることが可能。同時に、他の読者のコメントもリアルタイムで反映され、読むことができるというものだ。ただし現在は公開停止となっており、再開を望む声が多い。

先に紹介した「パブー」を運営するpaperboy&co. では「ブクログ」(http://booklog.jp/)というサービスを行っている。こちらは、登録ユーザーの「本棚」という位置付け。読んだ本を自分専用の本棚に登録し、レビューを書き込める。同時に、他のユーザーのレビューも閲覧することができる。

他のユーザーをフォローする機能もあり、フォローしたユーザーが新しい本を本棚に登録したりレビューを投稿したりすると、すぐにわかるようになっている。いわば、本を介したコミュニティサイトなのだ。

本を読むだけではなく、他者とつながる。それがソーシャルリーディングの醍醐味と言えるだろう。

一方、「Kindle」では、読んでいる電子書籍の気になる部分をハイライト表示にする機能がある。これをTwitter やFacebook へ投稿することができ、よりリアルタイムでの読書体験の共有が行える。ご存知のとおり、現在では購入した電子書籍をユーザー間で貸し借りすることができるサービスも始まっており、ソーシャルリーディングの面ではかなり先を行っている印象だ。

ソーシャルリーディングは、読書好きの人たちの間ではもはやかなり浸透していると言ってもよい。ただし、電子書籍との関係性は、日本においてはまだ強いと言える段階ではない。

今以上に電子書籍のコンテンツが充実し、ダウンロードしやすい環境が整ったとき、はじめて一般の人たちが電子書籍に興味を持つのではないだろうか。現在では、一部の本好きと関係者、そして流行に敏感な人たちの間でしか、注目されていない状況と言える。

紙の媒体と電子書籍を同列に論じているようでは、日本における電子書籍の未来は明るいとは言えない。紙媒体の代わりではなく、電子書籍という新しいプラットフォームで、何ができるのか、何をすべきなのかを考えてこそ、電子書籍の発展につながるのだ。

 

「本を選ぶ」体験を電子書籍でも実現する

 

電子書籍は、通常の書籍や雑誌に比べ、やや買いづらいという印象がある。

これは、「事前に内容をチェックできない」というのが大きな理由だ。

通常の書籍や雑誌は、書店で「立ち読み」をすることで内容をチェックし、おもしろそうだと感じたら購入するというフローがある程度、確立されている。しかし、電子書籍では内容の一部を読めるものもあるが、ほとんどがタイトルと表紙の画像、作者名くらいしか事前情報を得ることができない。これでは、安心して購入できないと感じてしまうことだろう。

これを解消するひとつのアイデアとして、「電子書籍専門書評サイト」がある。内容を立ち読みできない電子書籍を選ぶ際に、その参考となるような書評を掲載し、購入のための情報を与えることができれば、ユーザーも安心感が増し、さまざまなタイトルに興味を持ってダウンロードすることができるだろう。

もうひとつ、電子書籍端末の種類を超えた、電子書籍のポータルサイトのようなものが必要であろう。これにより、端末別に分散している電子書籍を一同に集めることができ、規模感が大きくアップする。

そして、どの電子書籍端末からもアクセスでき、タイトルごとに各端末向けのファイルを用意することができれば、ユーザーはそのポータルサイトだけを利用すればよいことになる。

実現にはさまざまな問題をクリアしていく必要はあるだろうが、今後、電子書籍が一般的になるにあたっては、このくらいのことは必ず必要になるはずだ。出版社や端末メーカーは、自分たちだけの利益確保を優先するのではなく、電子書籍という新しい形態のコンテンツをどのように普及させていくのかに腐心しなければ、いつまでも現在のような中途半端な状態が続く。もっと電子書籍のメリットと、その普及に力を注いでいくべきだ。