ソーシャルメディア時代の覇権を握るのはどこか?~ソーシャルグラフから見る日本のSNS

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池田紀行・池田勇人

 独自ともいえる進化を遂げてきた日本のSNS。人間関係の文化性を乗り越えてFacebook は日本でもソーシャルメディアを制すのか。「ソーシャルグラフ・プラットフォーム」の視点で、SNSの将来を読み解く。

ソーシャルメディアが変えた人々の人間関係

「ソーシャルメディア」という単語が世間をにぎわせています。これをお読みになっている読者も、書籍や人づてに聞いたことがあると思います。ご自身で積極的に利用されている方もいるかも知れません。

ツイッター、ブログ、Facebook……そもそも「ソーシャルメディア」とは何なのでしょうか。この問いは「マーケティングとは何か」「ウェブとは何か」といった問いと同じように、明確な答えのないものです。

様々な視点から答えを出すことができますが、一人のユーザーとして「ソーシャルメディア」を見た時には、ソーシャルメディアは「人々の人間関係の維持・構築を助けるツール」であると言えます。

ソーシャルメディアの核心は「ソーシャルグラフ」にあります。ツイッターやミクシィ、Facebookといった「ソーシャルメディア」の中では、人々が「人間関係」を構築しています。例えばツイッターにおいては「フォロー/フォロワー」という関係性を、ミクシィにおいては「マイミク」を、Facebookにおいては「友達(フレンド)」という「つながり」が人々の間で生まれています。

こうしたソーシャルメディア上の「つながり」のことを「ソーシャルグラフ」と呼びます。ちょうど「人間関係図」のようなものを想像していただくと分かりやすいかもしれません。

「ソーシャルメディア」はユーザーが自分を起点にした「人間関係図」を構築することができ、それを利用して友人たちと豊かなコミュニケーションを取ることができるツールなのです。では、ソーシャルグラフで見ると、各サービスにはどんな違いがあるのでしょうか。

「ソーシャルメディア」と呼ばれるサービスの中でも、ソーシャルグラフの構築に特化したサービスが「SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)」です。

国内の主要プレーヤーとしては、全世界で5億人以上のユーザーを持つ「Facebook」、2000万人以上のユーザーを持つ国内最大手SNSの「ミクシィ」、フォロー/フォロワーというゆるいソーシャルグラフが特徴の「ツイッター」(ユーザー数1000万人強)、ソーシャルゲームに特化した「モバゲー」「グリー」(それぞれユーザー数は2000万人以上)の5つが挙げられます。

いずれのサービスも人間関係の構築を助ける「SNS」ですが、そこで形成される「ソーシャルグラフ」には性質的な違いが見受けられます。

 

リアルな人間関係(リアルグラフ)、F a c e b o o k

 

5つの中では、Facebook が唯一「完全実名性」を採っています。ユーザー登録には本名が求められ、一人のユーザーが複数のアカウントを保持することは許されていません。生年月日、趣味などはもちろん、勤務先や未婚/既婚といった情報を入力することも求められ、多くのユーザーが深いレベルの個人情報を公開しています。

そうした情報公開がなされるFacebookでは、オフラインの世界の自分に即した、「リアル」なソーシャルグラフが構築されています。つながる友人は全て実名であり、多くの場合、実際に面識があったり、共通の興味関心がある人々です。

また、「この人はあなたの友人ではありませんか?」というサジェスト機能も非常に優れているため、ソーシャルグラフが構築されるスピードも速く、つながる人数も多くなります。そのことは統計からも明らかになっており、ミクシィの平均友人数は25人程度であるのに対して、Facebookの友人数は平均130人程と、約5倍になっています。ゆるい人間関係、ツイッターでは、ツイッターはどうでしょうか。

ツイッターは、リアルタイムウェブ、140文字制限、フォロー/フォロワーに承認が不要であることなどという特性から、「ゆるい」ソーシャルグラフを形成しています。「ツイッターはSNSなのか?」と多少異論があるかと思います。というのも、このシンプルなツールは様々な使い方が許容されているからです。

人間関係を全く構築しない(誰もフォローしない)利用方法も可能であり、そうした場合はSNSとは言いにくくなります。ですが、一般的にはツイッターもオンライン上の人間関係を構築するサービスであり、その点に着目するとFacebookやミクシィのようなSNSと差異はないと考えられます。

ツイッターで構築される人間関係はその「ゆるさ」が特徴です。他のSNSと違い、特定のユーザーとつながるために相手の承認はいらないため、「なんとなく気になったからフォローしてみる」というユーザー心理が働きます。

無数のユーザーが「なんとなく気になる人」をフォローしあうことによって、承認制では実現できない「ゆるい」ソーシャルグラフが形成されます。例えばツイッター上では、お互いをフォローしあっている状態(いわば「両想い」状態)でも、ユーザー同士の面識が全く無い場合も多々あります。

ツイッターはこれまで私たちが意識し得なかった「ゆるい人間関係」を可視化した画期的なサービスと言えるでしょう。

ツイッターのソーシャルグラフは、その性質から他の4つのサービスとは強い競合関係にはなりません。1500万〜2000万人程度の規模までは、今後も順当に成長が続いていくと考えられます。

 

ミクシィの「ソーシャルグラフ」の更新性

 

日本のSNSはどうでしょう。まずはミクシィから見ていきましょう。

まず、ミクシィは、「ソーシャルグラフが硬直化しつつある」と言えます。

2010年に行われたInfinity Ventures Summit(IVS)というイベントで、ミクシィの笠原健治社長は「われわれの定義するSNSは、友人、知人とつながりを提供するサービスのこと。この定義だと日本ではSNSはミクシィだけだ」という見解を示しました。SNSと呼べるのはミクシィだけだ、というこの挑戦的な主張は議論を沸き起こしました。

SNSはミクシィだけなのか? という議論の是非は据え置くとして、笠原社長が主張するように、ミクシィで構築されるのは実際の(リアルな世界での)「友人」や「知人」とのつながりです。ツイッターや、後述するグリー、モバゲーと違い「見知らぬ人」とつながることは非常に稀です。

ミクシィのソーシャルグラフはその「リアル」さが特徴と言えるでしょう。そして、この特徴は無論Facebookと重なり合います。ただし、匿名性を許しているミクシィの方が、Facebookより「リアルさ」という意味において劣るとも言えるかも知れません。しかしFacebookの敷く「実名性」は、匿名性を好むとされる日本においてはユーザーの門戸を狭める結果にもなり得ます。匿名性を許すリアルなミクシィ

と、完全実名性のFacebookのどちらをユーザーが取るかは、まだ読みにくいのが現状です。

長い目で見ると、実名を出すことに抵抗がない一部の人々や、実名でソーシャルメディアに参加した方がメリットのある就職活動生、ビジネスマン、事業主などはFacebookに移行し、特に実名を出すメリットが無い主婦層や転職・交流志向が強くないビジネスマンなどはミクシィに滞留する、といった予想ができます。

ミクシィ対Facebookという軸で考えた時、実は「ソーシャルグラフの更新性」という観点こそが、実名・匿名という議論よりも重要だと考えています。前述のように、ミクシィの平均友人数は25人程度、 Facebookのそれは130人です。この数字は、Facebookの方がソーシャルグラフの構築が活発であることを示しています。Facebookを利用するとよく分かりますが、強力なサジェスト機能の効果もあり、頻繁に友人からの承認リクエストが届きます。これに対し、ミクシィでは新規の友人申請は頻繁には届きません。

新しい友人が増えないということは、オンライン上の友人関係が硬直化するということでもあります。人間はライフステージによって人間関係が変化します。学生は顕著で、進学や就職によって、人間関係は大きくリフレッシュされます。

現状のミクシィの機能は、このオフラインの世界の人間関係のリフレッシュ性をうまく取り込むことができていません。

ミクシィを学生時代から使っている20代のユーザーなどは、既にミクシィ上のソーシャルグラフが古くなっているという話をよく聞きます。「懐かしい友人たちとは確かに繋がっているけど、毎日ログインして彼らの動向を眺めたいという欲求は無い」という状態は、ソーシャルグラフが「卒業アルバム化」しているという比喩で表現できるでしょう。

ソーシャルグラフが劣化しているのは、現段階では初期ユーザー特有の現象ですが、今ミクシィ上の人間関係を楽しんでいるユーザーにもいずれは訪れる現象かもしれません。それまでにミクシィが何らかの対策を打つことができるかという点に注目しています。

ミクシィがFacebookのように関係構築を活発化させるシステムを導入することは可能ですが、それは彼らの誇るソーシャルグラフの「リアルさ」を失わせる力にもなり得ます。

サービスの根幹であるソーシャルグラフ構築のメカニズムを変えるためには、難しい判断を迫られるでしょう。

ネット上の人間関係(バーチャルグラフ)、グリー、モバゲー

 

さて、残り2つのSNSであるグリーとモバゲータウンに話を移しましょう。

この2つのプラットフォームは、基本的にはソーシャルゲームを主眼にしたサービスであり、そこで形成される人間関係の「リアルさ」は他サービスに比べると大分劣ります。モバゲーを運営するディー・エヌ・エー(DeNA)の守安功取締役も、ミクシィとの提携にあたって「ミクシィはソーシャルグラフ、モバゲータウンは『バーチャルグラフ』だ」という発言を残しています。

ツイッターやFacebookでの人間関係に慣れたユーザーがモバゲーやグリーを利用すると、これらのサービスで展開されるソーシャルグラフの特異さに直面します。ほとんどのユーザーは匿名で利用しており、そこでの友人関係は多くの場合「ゲーム仲間」以上のものではありません。もちろん中にはリアルな人間関係を築いているユーザーもいますが、大半はゲーム以外には深い接点を持たない「見知らぬ人」とのつながりであり、事業者側もそうした関係性を是としています。バーチャルグラフはその名の通り、仮想的な人間関係であり、現実生活には直結しません。その有効性は、友人関係を利用したゲームである「ソーシャルゲーム」以外では通常発揮されることがないのです。ソーシャルゲームのみで完結する場合には何の問題もありませんが、後述する「ソーシャルウェブ」時代には、バーチャルグラフは高い価値を持つとはいえないと考えています。

 

ソーシャルメディアからソーシャルウェブへ

 

最近のウェブにおける重要なトレンドとしては、ソーシャルグラフがオープン化され、従来SNSに閉じられていたソーシャルな体験が、ウェブ全体にまで広がっていることが挙げられます。ソーシャルグラフのオープン化によって、「ソーシャルウェブ」時代が幕を開けたとも言えるでしょう。

Facebookは2010年4月末に、ユーザーのソーシャルグラフをオープン化する、という発表を行いました。これによって、これまでソーシャルグラフをサポートしていなかったレビューサイトやブログ、ショッピングサイトなどにも、ソーシャルグラフの反映が可能になりました。

例えばアマゾン(米)は、この機能を利用して、「Facebook上の友人が気に入った商品」をアマゾン内で優先的に表示するシステムを実装しました。同様にCNNでは「Facebook上の友人が気に入った記事」を知ることができます。その他多くのブログやニュースサイトで、「Facebook上の友人の気に入った記事」を知ることができるようになっています。

これまでのウェブは画一的であり、例えばニュースサイトに訪れた場合も、ニュースの順番や表示の方法は全ての読者に同じものが提供されていました。

ソーシャルグラフを利用することによって、ウェブ体験は個人向けにカスタマイズされます。ニュースサイトを訪れた時、同業の友人が気に入っている記事や、ユーザー本人が気に入りそうな記事を優先表示するといったことが可能になるのです。

ソーシャルグラフの活用は、今後も様々なウェブサービスに広がっていくと考えられます。検索もその例外ではなく、マイクロソフトの検索エンジン「Bing」は先日Facebookのソーシャルグラフの反映を発表しました。「ソーシャル検索」のユーザー体験は強力で、例えば映画作品やレストランを検索すると、自分の友人がその作品や店舗を気に入っているかどうか、といった情報まで得ることができます。

ソーシャル化のメリットはユーザーにとって大きなものです。将来的には、ほとんど全てのウェブサービスにソーシャルグラフが反映されるようになると思います。Facebookは自社のソーシャルグラフを全世界のウェブに展開することで、強力なプラットフォームとなることができます。いずれはディスプレイ画面を超えて、冷蔵庫や調理家電、セキュリティシステムなどにもFacebookのソーシャルグラフが反映されるかも知れません。そうなった時、Facebookは、グーグルやアップルとはまた違う、「ソーシャルグラフ・プラットフォーム」となるでしょう。

一方で、国産SNSの雄であるミクシィは、オープン化において一歩遅れを取っています。

Facebookの発表から遅れること約半年、2010年9月にミクシィも自社のソーシャルグラフをオープン化することを明らかにしました。楽天、ぐるなび、カカクコムなどの事業者がオープン化されたミクシィの機能を既に利用しています。しかしながらFacebookと同水準のオープン化はまだ実現されておらず、スピード感は残念ながらやや劣っています。

また、平均の友人数が少ないミクシィの場合はソーシャルグラフがオープン化されたとしても、外部サイトに反映される情報の量が総じて少なくなります。外部サイトにおけるユーザーのソーシャル体験をいかに増やしていくかが、オープン化の成否に大きく関わってくるでしょう。

 

ソーシャルウェブ時代の覇権を握るのは誰か

 

今、最もホットなテーマは、全世界で5億人のユーザー数を持つFacebookがどこまで日本に浸透するか、というものでしょう。この原稿を書いている時点では、Facebookの国内ユーザーは150万〜200万人程度です。軒並み2000万人以上のユーザーを持つミクシィ、グリー、モバゲーと比べるとまだまだ限定的な規模感です。

Facebook側のペネトレーション戦略として注目されるのは、携帯電話へのプリインストール化でしょう。実際に高い浸透率を誇る東南アジアでは、Facebookは携帯電話事業者との連携戦略がとられています。実名性という壁も、通常実名で用いられている「電話帳機能」の一環として見せていけば、抵抗は少ないかも知れません。とはいえ、日本のインターネットユーザーの6〜7割がFacebookを利用する、といった状態はあと1〜3年は考えにくいと思います(米国では既にインターネットユーザーの約7割が利用)。一般的にSNSのスイッチングコストは高く、ミクシィ、グリー、モバゲーの利用者がFacebookに移行するには相応のメリットが必要です。

日本のソーシャルメディアの状況を形容する際にはしばしば〝fragmented(分断された)〞という単語が用いられます。ほぼ「ソーシャルメディア=Facebook」である諸外国と比

べると、様々なプレーヤーがソーシャルグラフを抱える日本の現況は確かに「分断」されています。

日本のSNSの今後を占う上では、Facebookの動向は重要です。開発スピードの速さ、実名性による「リアル」なコミュニケーション、ソーシャルグラフの形成スピード、企業のビジネス展開の容易さ(無料で高機能のファンページを開設可能)など、Facebookにしかない強みも多数あります。

日本においても、検索エンジン、レビューサイト、ニュースサイトなど、様々なサービスがソーシャル性を帯びてくることは間違いありません。今後のSNSの競争は、外部サービスに対して価値のあるソーシャルグラフを提供できるかどうかにかかってくるでしょう。

「ソーシャルグラフ・プラットフォーム」となり、ソーシャルウェブ時代の覇権を握るのは、完全実名性を敷くFacebookか、日本に強い地盤を持つミクシィか、はたまた2000万の「バーチャルグラフ」を保有するグリー、モバゲーか。今後のSNSの動向に注目が高まります。