電子書籍をはじめとするコンテンツ流通とアップルの戦略

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電子書籍の普及のカギは? 決済方法とiADについて

杉本古関

Kindle やiPad の登場で、大きく変わりつつあるコンテンツの流通。とくに電子書籍は、今、日本でも今後が期待されている流通形態の一つだ。そこで決済方法を中心に、消費行動の問題を見据えつつ考察してみたい。

K i n d l e、i P a d の登場で注目される電子書籍販売のパターン

不況が長引く出版業界の救世主になるのかどうか、とにかく日本で注目が高まっている電子書籍。日本でのこの過熱ぶり、iPad の販売が引き金となって話題になっているが、すでに電子書籍の土壌ができていたアメリカでは、アップルが展開する電子書籍販売サイトのiBooks(図1)が爆発的な人気となっている。

図1:日本語版のサービスは開始されていないiBooks。利用するためには、AppStoreから、iBooksアプリケーションをダウンロードする。

まずは、この電子書籍のフォーマットについて説明していこう。iBooks でダウンロードできる電子書籍のフォーマットは、EPUB(イーパブ)という形式である。これはアップル以外でもグーグルやソニーなどが採用しているフォーマットだ。

EPUB 形式は、Webブラウザでも閲覧可能なオープンなプラットフォームで、インターネットが切断されてもノートパソコンやスマートフォンなどで読めるように、データがパッケージングされているのが特徴。

対して、電子書籍リーダーの雄であるアマゾンのKindleでは、独自のフォーマットが採用されている。

たしかに、パソコンで作成したEPUB 形式の電子書籍をiPad に同期させて、そのまま自分の所有するiPad で読むことはできるが、Kindle で購入した電子書籍をiPad で読むことはできない。といっても、フォーマットを採用した数の大小が電子書籍販売に繋がるとはいえないだろう。

電子書籍を複数の電子書籍ビューアで回し読みするのかどうか、そもそも電子書籍ビューア自体を複数個購入するユーザーがどれほどいるのか、まだ発売間もないiPad だけで判断するには難しいし、何よりKindle が正式に日本で発売されていない(図2、3)。

図2:Kindle for iPadをダウンロードすると、アメリカのアマゾンへアクセスする。
図3:Kindle Storeにアクセスするためには、Amazon.comで作成したアカウントが必要となる。

デジタルデータである以上、コピーすることを完全に防ぐことは難しいとする一方で、複数の電子書籍ビューア間でのデータの互換性が問題視されるには、もう少しデバイス本体の普及が必要ではないだろうか。そう考えると、電子書籍の形式については、それほど気にすることもない。

現在、日本でも電子書籍はさまざまなWebサイトで購入可能だ。まずは、全体像を確認するために、無料版も含めて日本における電子書籍サービスを整理してみよう。

まずは、日本における電子書籍の火つけ役でもあるiPad用電子ブックアプリのiBooks だ。アップルが運営する電子書籍販売サイトであり、購入するにはiTune カードかクレジットカードが必要。iTune で音楽をダウンロード購入する場合と同じである。

原稿執筆時点ではiBooks の日本語版は公開されていないが、iBooks のアプリは公開されており、アメリカ版へのアクセスは可能だ。iPad 用の電子書籍を購入するには、iTune のAppStore で<電子書籍>カテゴリから購入する。

一方、本格的な上陸が期待されるKindle は、現時点でアメリカから日本へ輸入することが可能。Kindle を使って日本から購入できる電子書籍は、3G回線経由でアメリカのKindle Store へアクセスし、そこで販売されているものとなる。

45万冊以上ある電子書籍のほとんどは、当然ながら英語で書かれたものだ。日本のアマゾンから購入するよりも電子書籍版が安いので、洋書を読む人にはオススメである。

今後公開されるかもしれない、日本語版の対応に期待するユーザーも多いだろう。

PDFをパソコンでKindle 用に変換するアプリケーションが無料で公開されている。なお、PDFファイルはもちろん、HTMLやマイクロソフトのWord ファイルを直接開くことも可能だ。

そして、最大規模の電子書籍検索サイトがGoogle ブックスだ。日本語書籍には完全に対応しているわけではないが、表紙や目次、本によっては数ページの立ち読みが可能。そのまま読みたい場合は、リンクが表示される販売サイトへアクセスすればよい。

さらに、グーグルの電子書籍販売用のオンラインストアがGoogle Edition だ。2010年7月頃には立ち上がる予定で、パソコンやスマートフォンなど、デバイスに関係なく電子書籍を読めるようになるとのこと。

日本版向けサイトが立ち上がるのかは未発表だが、収録点数は非常に豊富で、もし公開されれば注目されることは間違いないだろう。

コミックを3万冊以上電子書籍化して販売しているイーブックジャパンでは、専用アプリをパソコン用、iPhone 用に公開している。大御所の有名・人気作品から新人マンガ家まで、豊富なラインナップが特徴だ。

ほかにも、無料で公開されている電子書籍としては、夏目漱石や森鴎外といった日本文学を中心とした著作権切れの作品をPDF版やHTML版で公開している「青空文庫」、書籍の画像データベースを公開している「国立国会図書館」、ビューアとしての完成度も高い「Flip」、集英社や小学館、スクウェア・エニックスといったコミックを発行しているWebサイトでも、無料でコミックが公開されている。

今後、数ページは無料で公開し、必要なときに購入するスタイルがますます登場してくるだろう。

淘汰されていくのか? 豊富な日本の課金方法

さまざまな電子書籍販売サイトがあるなかで、課金方法についてまとめていこう。

まず、iTune ではご存知の方も多いと思うが、クレジットカードとiTune カードを利用することが可能。iTune カードは、セブン│ イレブンなどのコンビニエンスストアや家電量販店などで販売されている。1500円、3000円、5000円の3種類のカードがあり、カードの裏に記載された文字列を入力すると、iTune に金額が表示される。残金の確認もでき、匿名性も確保されているので安全に買い物ができる。

Kindle Store では、まだ日本ではサービスを開始していないため、米国のサービスを利用することになるが、米国発行のクレジットカードと、アマゾンのギフトカードで購入できる。

iTune とKindle Store での購入はシンプルだが、たとえば日本のイーブックジャパンでは、クレジットカードのほかイーバンク銀行の引き落とし、電子マネーのちょコムやEdy、WebMoney(ウェブマネー)、BitCash(ビットキャッシュ)、あとはビッグローブや@nifty、ソネット、OCNの利用料金からの一括払いなど、多様な支払い方法に対応している。

角川書店など複数の出版社の電子書籍を販売しているオンラインストアの理想書店では、クレジットカードのほかにWebMoney、DMM.com ではクレジットカード、銀行振り込

み、コンビニ振り込み、BitCash、Edyなどが利用可能。

日本では支払い方法が多様化しているが、アメリカを中心とするオンラインショップではPayPal(ペイパル)での支払いが多く採用されている。PayPal とは、クレジットカード番号をショップに知られることなく支払いができる料金決済サービスであり、海外への送金に便利だ。

日本での決済方法は、サービスの一環として多数の選択肢を用意しているほうが利便性が高いと思われる傾向がある。しかし、決済方法が多いからといって、国内サービス間はともかく、iTune やアマゾンのKindle Store より優位に立てるかどうかは難しい。やはり、内容勝負であることに変わりはないだろう。

 

学校導入から美容院、病院までi P a d のさまざまな利用法

iTune が優位に立っている一つの要素として、ハードウェアの普及がある。iPod からはじまり、iPhone、iPad とデバイスの人気は高い。ハードウェアが売れれば、当然iTune にアクセスが集中する。この手法は、アマゾンも同じである。

とくに2010年5月28日より発売されたiPad は、その利用方法にも注目が集まっている。

アメリカでは、イリノイ工科大学をはじめ、複数の大学が導入を発表。日本でも、名古屋文理大学や博多高等学校などが新入生へのiPad 配付を発表するなど、教育現場での教科書としての利用も始まった。

単価の高い教科書が、低価格な電子書籍で配付されるのは、生徒にとってもうれしいだろう。

また、雑誌を大量に管理する美容院などでも導入が期待されている。ヘアスタイルのデータベースを作成し、お客がiPad を見ながらヘアスタイルを相談することも可能になっていくだろう。

病院での導入もアメリカでははじまっている。患者が診療前に病状や健康状態などの情報を入力したり、医者がカルテなどのデータを移動しながら閲覧したりするなど、遅れがちだった医療系のITデバイスの普及に期待がかけられているようだ。片手で使えるデバイスなら、たしかに医療現場で重宝されそうだといえる。

ほかにも、通販会社のカタログなど専門分野での普及が期待され、さまざまなアプリケーションが今後リリースされていく可能性は高い。

iPad のアプリケーションは、iPhone よりも2割前後高めに設定されている場合が多い。これは、低価格化が進み、利益が出にくくなったiPhone アプリの反省もありそうだ。

iPhone 用アプリでは、あまりにもアプリ数が多く、一般のユーザーは全部確認することはとても不可能。当然、売れるためにはランキングに表示されることが重要になってくる。それでも、100位まで表示されるランキングすべてをチェックするのも面倒と感じる人は多いだろう。そうなると、ランキングに表示されるだけでなく、できるだけ上位に表示されることが売上の結果に直結するといえる。

では、ランキングの上位に表示されるためにはどうするのか。当然、ブログやTwitter などを使ったクチコミの宣伝が重要となってくる。

今後、電子書籍が出版社を介さず、個人でも直接販売できるようになれば、ますます告知が販売の結果に繋がっていくのは間違いない。

 

i A D でアップルが広告代理店に

2010年4月8日、アップルはモバイル広告のためのプラットフォーム「iAD」を公開すると発表した。iPhone やiPad などで利用できる無料アプリケーション内に、インタラクティブな広告をアップルのサーバーから配信することが可能になるとのこと。

これにより、単なる無料アプリではなく、広告を利用することで利益を発生させることが可能となるため、今まで有料だったアプリも無料でリリースできる可能性が高まる。

アプリケーション内の広告に対して、アップルだけでなく、企業や広告代理店も大きく期待しているだろう。

メールマガジンがパソコン向けより携帯電話向けのほうがユーザーのリアクションが大きいことからも、アプリケーション内の広告もモバイル端末では影響力が大きいのではない

だろうかということだ。

実際の紙の新聞と同様、電子書籍の新聞でも、広告配信が可能になるということで、コンテンツビジネスの可能性が広がることは確かだろう。

また、ネット広告の先駆者ともいうべきグーグルとの競争もはじまり、よりよい広告配信のサービスが提供されるようになってくる。

よい広告配信のサービスがあれば、数多くのクライアントが集まる。そして、さらに無料サービスが充実していく方向に進めば、ユーザーにとってもありがたいのではないだろうか。

どちらにしても、アップルは広告配信システムを公開することで、アプリの独占的な管理がさらに加速するという意見もある。日本でも、電子書籍の公開・非公開の査定に対して、問題になっていることもあり、アプリケーションに対してのアップルの対応に不満も少なくない。

ユーザー数を拡大し、普及させるためにはある程度の自由度も必要であるが、アップルの場合は今度どうなるのか、まずはiAD を利用したアプリの普及に注目していきたい。