IT技術でロケットが打ち上がる
喜多充成
小惑星探査機「はやぶさ」の帰還で世間の注目が一気に集まった宇宙開発。日本ならではのIT技術を生かした、新たなチャレンジへの助走が始まっている。
「はやぶさ」を打ち上げたロケット
小惑星への往復飛行という世界初のチャレンジを完遂した探査機「はやぶさ」。今年6月13日の深夜、輝く流星となって燃え尽きながらオーストラリアの砂漠にカプセルが着地した。その「はやぶさ」が地球を出発したのは2003年5月9日のこと。鹿児島県内之浦町(当時)から、文部省宇宙科学研究所(当時)が開発したM -V(ミュー・ファイブ)ロケットで打ち上げられた。
このロケットは、日本のロケット開発の父と呼ばれた糸川英夫博士が手がけた実験用ロケット「ペンシルロケット」の流れを汲むもの。敗戦後、駐留軍から航空宇宙技術の研究開発を一時禁止されていた日本が、再開にともないスタートさせたのがペンシルだった。
この小さなロケットをつかって基礎技術を習得し、試行錯誤を繰り返しながらスケールアップを重ね、科学観測機器や科学衛星打ち上げを行ってきた歴
史が日本にはある。その歴史をさらに先に進めようという新しいチャレンジ—IT革命の果実を大胆に取り込んだ新たなロケットの開発—が始まっている。
M -Vロケットとは?
ロケットはダルマ落としのように何段ものモジュールが積み重ねられた構造となっている。燃料を消費した機体を切り離しながら軽くし、速度を上げていくためだ。通常は3段式のM -Vロケットは、はやぶさ打ち上げ時には4段に増強されたが、そのすべての段の推進薬に固体燃料を使用している。
固体燃料とは、つまりは火薬のようなもの。特殊なゴムに添加剤を混ぜた推進薬を機体に詰めて点火、尾部のノズルから噴き出す火炎の勢いでロケットを加速する。
モノの性質上、一度点火したらやり直しはきかず、狙った方向にロケットを向けるための推力制御の難易度も高い。すべての段に固体燃料を使ったロケットで、探査機を地球の重力圏を離れた惑星軌道に到達させられるのは、世界で唯一このロケットだけ。「はやぶさ」を打ち上げたM -Vロケットが「世界最高の性能を誇る固体ロケット」と呼ばれる根拠もここにある。
だが、そのロケット技術の流れは、いったん途絶えかけていた。
国産ロケット技術の2つのストリーム
「はやぶさ」の7年間の旅の間に、内之浦町は近隣自治体との合併で肝付町と名前を変え、打ち上げ組織だった文部省宇宙科学研究所も他2機関との統合で独立行政法人JAXA(宇宙航空研究開発機構)が誕生した。このことがM -Vの運用に大きく影を落とす。
日本のロケット技術は米国の技術を国産化した液体ロケット技術と、ペンシル由来の固体ロケット技術という二つのストリームを持っている。
鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられるH2A/H2Bロケットは極低温の水素と酸素を燃料とする液体ロケットだ。
アメリカの技術導入で基礎力を身につけ、80年代から国産化に舵を切った。苦難の開発を経て1994年に純国産のH2ロケットの打ち上げに成功した。
苦い失敗も経ながら技術を積み重ね、現在は改良型のH2Aロケットが日本の主力ロケットとして、地球観測衛星、通信衛星、月探査衛星、偵察衛星など大型衛星の打ち上げを担っている。
すでに技術的にも成熟し、2008年からは製造者の三菱重工業が打ち上げに関しての責任を負う「民間移管」の形となり、成功率も世界トップ水準である95%に迫ろうとしている。
そしてもう一つの系列がM -Vロケット。世界的にもユニークなカタチで進化を遂げてきたこのロケットを、あらためて説明しておこう。
開発組織である旧文部省宇宙科学研究所の淵源をたどれば、東京大学教授で、『逆転の発想』のベストセラーでも知られる糸川英夫博士に行き当たる。
弾薬用に使い残されていた細長い固体燃料を使い、その太さに合わせて長さわずか23㎝のおもちゃのような機体を設計、ペンシルロケットと名付け、発射試験の様子も大々的にマスコミに公開するなど、多くの人の記憶に残るものとなった。
ちなみに探査機はやぶさの目的地である小惑星イトカワは、糸川博士にちなんでの命名。「はやぶさ」は自らを宇宙に送り出した恩人に会いに行ってきたのだ、と言う人もいる。
宇宙機関の統合で誕生したJAXAは2006年7月M -Vロケットの退役を決めた。液体燃料を使ったH2Aと固体のM -V、1機関で2つの大型ロケットはコストがかさみすぎるからとの説明がされた。
とてつもない速度をペイロードに与える
燃料が液体であれ固体であれ、ロケットの役割とはペイロード(人工衛星や探査機、有人宇宙船などの総称)を宇宙に送り届けることである。噴煙とともに上昇するロケットの映像を目にして「高いところへ打ち上げる仕事だ」とイメージを抱く人も多いかもしれないが、正確にいうと、ペイロードにより大きな速度を与えるのがロケットの役割である。
そして、その速度が生半可ではない。
地球の周回軌道に入る(ずっと回り続ける)ために必要な最低の速度は、秒
速7・9㎞、時速にして2万9000㎞。それだけの速度を与えるためには、燃料の爆発によって得られる推進力を、正しい向きでペイロードに加えないといけない。空気の壁を切り裂き、重力を振り切って加速するロケットはそんな「とてつもないこと」をやっている。