発展途上のクラウド技術〜グリッドからみる、その本質
4種のグリッド
グリッドでは、扱う情報資源の種類によって大きく4つ、①PCグリッド、②データグリッド、③コンピューティンググリッド、④ビジネスグリッド、に分類しています。
①のPCグリッドは先で触れた遊休PCの活用で、分散型コンピューティングの一つと言えます。さまざまなプロジェクトにより、グリッドとしてよく知られており、BOINCのようなマネジメントするソフトウェアも開発されていますが、クラウドが自前でリソースを準備していることから、クラウドにはほとんど寄与していない分野です。
②のデータグリッドは、ストレージを組み合わせることで仮想的な大規模データサーバを構築するグリッドです。こちらは今後、クラウドをはじめとする「リソースを使用する」世界に大きく寄与するものと考えられます。たとえば動画の配信を考えてみてください。今、みなさんが動画コンテンツを利用されるときは、自分の自由な時間にアクセスされていると思います。そのため、アクセスが大きく集中することはありませんが、これがコンサートやイベントのライブ中継であればどうなるでしょう。当然、ライブ中
継の時間に大量のアクセスが集中します。これを捌くには、大規模なデータサーバが必要ですが、わずかな中継時間のためにその投資が見合うかというと疑問です。むしろグリッドで培ったデータグリッドを活用してバンド幅やストレージ量を調整することで、動画を配信できる環境をつくるほうが現く、すべてのユーザーでリソースを共有することで、必要なリソースを平準化しているのがクラウドと言えるでしょう。
物理的な壁が共有の障壁であるのと同様に、組織(個人)の壁も共有には障壁です。これを取り払おうとしたのがグリッドで、ネットワーク越しにサーバを呼び起こせるNinfのような大きなプロジェクトもグリッドでは手がけました。希望する時間・コスト・精度で計算さえしてくれれば、その計算機がどこにあろうと関係なくなるという、こうした技術はまさにクラウド的な動作だと思います。
クラウドの課題
ただ、クラウドの現状には一つ、大きな懸念があります。
それはサービスへのロックインがかかっていることです。アマゾンのEC2などが有名ですが、アマゾンにしろグーグルにしろ、それぞれのAPIを使ってソフトウェアを開発すると、ほかのAPIには行けない。一度、あるプロバイダを利用すれば、スイッチングコストが非常にかかる現実があります。そのため、現実的にはなかなか新規参入することが難しいと言えます。
これはユーザーにとって効率的な反面、一つのプロバイダに寄りかからざるを得ず、一抹の不安を感じるところです。
ユーザーは、いつでも適切なサービスを使える、すなわち自由度を持っていることで安心が得られます。その意味で、ロックインをかけている供給サイド(プロバイダ)と、選択の可能性を残しておきたい需要サイド(ユーザー)の距離感が、今ひとつかみ合っていないのです。
こうした状況はグリッドでの経験から言えば、クラウドはまだアセンブラのような生のレイヤーであり、さらに抽象化されたレイヤーに遷移していくことになると思います。現在のクラウドはまだ発展途上で市場に余裕がありますが、市場が拡大して肩がぶつかるほどになれば競争が激化して、サービスの競争が生まれます。そこではじめてAPIの標準化など、ユーザーサイドにとって明確な自由度が生まれると思います。
また、クラウドのサービスはCPU、データ、ネットワークというインフラと、サーバ上でのASP、ASP開発環境というソフトウェアなどから構成されていますが、ユーザーサイドから見ればハードウェア的なインフラが提供されるIaaS、提供される個々のプログラムを動かすための環境が提供されるPaaS、そして一つ一つの具体的なプログラム、サービスが提供されるSaaSに大別できます。
プラットフォームにはPaaSで使うような狭い意味もありますが、クラウドはおよそ、この3つの異なるプラットフォームで構成されていると言えます。食卓にたとえれば、まず食卓の基本と言えるテーブルがIaaSです。そして個々の食事を並べるお盆がPaaS、実際の料理を盛りつける茶碗や皿がSaaSと言えるでしょう。
このようにたとえれば、仕組みは簡単に説明できます。しかし、問題はそれぞれに何を載せるかです。和食であれば和の茶碗や皿、そしてさらには和のお盆を、中華料理であればそれぞれ中華風で揃えたほうがよいのは当然です。もちろん料理もおいしいほうがよいに決まっています。
つまりプラットフォームとは、コンテンツ(器)と成果(料理)があってはじめて意味を持つ場と言えます。今後、クラウドがプラットフォーム化を進める中では、こうしたコンテンツと成果を念頭に、どのような価値を創造していけるかがカギを握っています。
グリッドはITの常識となった
02年にグリッドを本格的に始めたとき、「6年後には、グリッドという言葉を誰も使わないようにしよう」と言ったのですが、実際に今やグリッドはITの「常識」となり、わざわざ「グリッド」の言葉を使う機会は本当に減りました。言葉どおりに進められたと思う気持ちがあります。
イノベーションという概念を考えてみると、それまでの「ルール」を一切合切、捨て去って、新しいルールを作り出すということではないでしょうか。言ってみれば「究極のちゃぶ台返し」かもしれません。そして、新しいルールの下で、参加者がその強制力を意識しながら、価値を創造していくことで、一つのプラットフォームになっていきます。
そう考えるとグリッドは、それまでスタンドアローンに構成されていたコンピューターに、まったく新しいルールを持ち込んで再構成させることができた「イノベーション」だったと思います。だからこそ、クラウドのような発展型が生まれてきたのでしょう。
しかし、そのように考えるとクラウド自体は、まだ発展途上と言えます。
たとえば、今のクラウドでは、プロバイダサイド主導によるリソースの組み合わせで、ユーザーはサービスを受容するだけの立場になっています。元来、ユーザーの協力を前提としていた能動的なグリッドと比べると、クラウドはずいぶん受動的です。
そのためクラウドでは、プロバイダサイドの主張が強く反映されています。公平なルール、イーブンな立場が確立されているとは、必ずしも言い切れないのが現状です。今はユーザーが安く使えているので、サービスの場を取り仕切るプロバイダ側にそのルールを決める力が偏っています。
ですが、クラウドの規模が大きくなれば、競争原理が強く働くようになり、ユーザーに決定権が委ねられるようになります。自然と能動的なユーザーが形づくられていくのです。
ネットワークもユーザーサイドに委ねられ、プロバイダにはユーザーの立場からリソースを組み合わせることが求められるようになるでしょう。
また、クラウドに価値の創造が求められる中では、ユーザーによる評価が不可欠です。ユーザーも受動的なままではなく、プロバイダサイドとしっかりパワーバランスを働かせていかなければなりません。
つまり、これからのクラウドを考えれば、両者ともに現状に甘んじることなく、現在の強いプロバイダに対して「コンシューマーの復権」を意識していくことが必要なのです。
このことは、今後のクラウドにとって大きな課題になると思います。
クラウドは新しい存在だけに、クラウド技術の共通化をはじめとするテクノロジーだけでなく、こうした概念的な課題も抱えています。
ただ、「技術は繰り返す」と言いますが、ここで取り上げたようにクラウドとグリッドは非常に多くの共通項があります。それだけにグリッドで先行して議論してきた課題や経験は、クラウドに応用できるものばかりです。
クラウドはグリッドの発展形だけに、グリッドを生かして一層の発展をしてもらいたいし、私たちも発展に寄与していきたく思っています。