政府はITに何を求めているか〜予算の概算要求から
許認可の影響力
さて、ここで総務省予算について取り上げたが、総務省がITに与える影響力はむしろ許認可にある。たとえば最近では、NTT陣営とKDDI陣営で携帯電話向けマルチメディア放送の認可を争った。また、NTTの再分割論ではSB陣営が中心となって、光インフラの分離独立が声高に叫ばれている。これらの判断の多くは実質、総務省に委ねられている。
また、先に予算で挙げたホワイトスペースの活用でも、その割り当てで主力携帯キャリア3社が水面下でしのぎを削っているし、NTTの光回線に他社が乗り入れる際の料金なども、最終的には総務省に認められなければならない。通信のあり方などネットワークに関係するITビジネスは、総務省行政が大きく影響すると言える。
さらに通常国会では廃案となったが放送法改正案では、テレビ放送を念頭に、放送(通信)事業とコンテンツ事業の概念分離が図られている。公共電波、携帯電話、有線ブロードバンドなど通信が多様化する現状に即したものと評価する一方、現在はかなり自由が認められているネット・コンテンツに対する規制論議が始まったとき、法制上でどのような可能性があるのか。野党の反対で方針転換したが、電波監理審議会の権限強化も当初は織り込まれていただけに気にかかるところだ。通信、ネットワークだけでなく、コンテンツにまで許認可権が及ぶ恐れがあるようでは、非常に大きな問題と言える。
こと総務省については、行政がITに与える影響は大きく、予算以外にも目を配っておくことが必要だ。とくに前大臣の原口氏は、以前からのテレビ出演やSBの孫氏とのツイッターなど放送通信、IT系への関心が目立ったが、今度の片山総務相は自治省出身の地方行政畑。IT関連でどのような方針を打ち立てるかは未知数である。
グリーン・ニューディールそして3つめの経済産業省は総額でおよそ780億円の規模となっているが、今回初めて創設された「元気な日本復活特別枠」が55%を占めている。
総務省予算では30%程度なのと比べると、ずいぶん比重が重い。この特別枠は、政治主導によって鳴り物入りで導入されたものだが、政策コンテストにかけられるとあって、各省庁が比較的自信を持っている事業を組み入れているケースが多いのが特徴だ。
とくに経産省の場合、産業振興が基軸である分、この特別枠の多くを占める可能性があるが、「当てれば儲けもの」だけに、いわゆる「今風」でありコンテスト向け事業とも言えるIT関連を意図的に割り振っているとも考えられる。
このように、経産省だけでなく総務省もそうだが、来年度は特別枠の存在で、従来よりも「盛った」概算要求になっており、例年と単純比較することが難しい。民主党政権らしさと言えば、これも特徴かもしれないが、おそらく本書が刊行される頃には、特別枠の結果が出ているだろう。どのような内訳になるのか見過ごせない。
さて、その780億の内訳だが、300億がリチウム電池など最先端の低炭素技術産業の立地環境整備、200億弱が革新技術の開発、180億がスマートグリッドや省電力技術によるスマートコミュニティの実証事業、IPAの運営交付金に45億というのが主要な項目に挙げられる。
ここで挙げた革新技術の開発も内実は、超低電力デバイスやデータセンターの省エネ技術など、基本的にグリーンIT路線に沿ったもので、経産省のIT予算はほぼすべて「低炭素」や「エコ」、そしてハードウェアを中心に投じられると言って過言ではない。一方で、事業仕分けで縮減評価を受けたコンテンツ事業への支援は姿を消している。
昨年、22年度の概算要求では最初の8月時点で、グリーンITプロジェクトに付いていた60億円が目立ったことに比較すれば、23年度のグリーンIT系への予算は破格の予算規模だ。いわば日本版グリーン・ニューディールの一つの核として、グリーンITを位置づける主張を見ることができる。
問われる補助金の効果
ざっと3つの省庁における予算の構成を見てきたが、気にかかるのは効果のほどだ。果たしてITビジネスが、これらの予算によって大きく変わるのだろうか。
実は残念ながら、これらの予算による補助金で大きなイノベーションが起きることはまずない。たとえば10億円の予算が付いて補助金を出すとしても、20事
業体(実際はもっと多くで分配するが)を公募すれば5000万である。
予算事業にもよるが、よほど大きなネタでもなければこれほどの補助金を獲得できないのが、ベンチャーで補助金をいただいていた立場の実感としてある。また、補助金の使い道は多くの場合、研究実費やそれにかかる人件費、展示会への出品など、ある程度限られている。当然ではあるが、「補助」金というだけあって、ベンチャーの懐事情に多少の寄与はあるが、自腹を切って自分の足で稼ぐのが大前提になる。補助金に頼るより、ベンチャーキャピタル(VC)と組んで経営計画を練るほうが、よほど早い。
それどころか、見込みのある技術にはVCから営業に飛び込んでくる時代だ。実際、多くのイノベーションテクノロジーは、VC発として発表される。10年かもう少し以前であれば、VCなどはまだ走りで、銀行の借り入れを行いたいときなどは、政府の補助金を受けていることが大きな信用になり、資金調達もスムーズだったようだ。しかし、ベンチャー投資が盛んになるにつれ、そうした意味合いはほとんどなくなっている。
もちろん、理想に近い形で使われている補助金もあると思うが、1000万円規模の中小企業でも獲得できる補助金は、V Cの選から漏れた技術や、主流でなく傍流の技術に費やされることが多い。補助金事業はイノベーションと言うより、技術や研究開発の裾野を維持するための投資と言ったほうが現実に即している部分がある。
この場合、社会が必要とする技術という果実が、世に提供され社会は恩恵を受けるが、一方でその対価が投資家に流れていくことの是非は一度、問うてみる必要があるだろう。
中小規模の補助金の実態がそうであるなら、大規模の補助金や助成金はどうであるか。これもまた、同じような理屈で企業にとって、そうありがたい話でもない。
大手通信事業者では、資金の使い道が縛られ、開発後も成果が縛られやすい補助金ベースの開発は、とても割に合わないと言う。よほど自助努力で資金を調達したり、リソースの集中で資金を捻出したほうがよい。そもそも、新規技術を考えたとき、国からの助成は必要な金額のケタが1つも2つも違う。話にならない。
またメーカーでは、工場の用地取得のような助成は、雇用だとか有形無形の義務が生まれるが活用することはある。しかし、ビジネスベースの研究開発で助成金というのはあまりない。いくらかの助成金のために、開発過程を中断したり、途中で方向性を変えたりする自由度がなくなるほうが困ると言う。
つまり、大手にとっても資金調達の点で補助金は意味をなしていない。中には「補助金も一つの付き合い。共同研究機関からの依頼や役所の面子とか、いろいろ」という話まである。
予算というメッセージ
では、国家予算は資金的にまったくムダなのかと言うと、そうでもない。
大学をはじめとする研究機関では、予算の多寡がそのまま研究費に直結する。
研究機関や研究者によって、ビジネスに直結する研究もあれば、将来的な基礎研究であったりするが、予算が多いほど研究が広がる。少なくとも基礎技術の基盤を整備するのだ。
たとえば、来年にグリーンITを中心に予算が組まれれば、多くのグリーンITの研究が各所で進められるだろう。すると、研究成果に目が向きがちだが、研究に携わった院生に経験値が付き、数年後に彼らが民間に就職すればグリーンI
Tの戦力、という見方もできる。また、多くの研究によって分野の技術水準も押し上げられる。
ムダは問題であるが、予算の使い方にはこうした側面があることも忘れてはならない。
また、企業的には用途がないと口を揃える企業人たちでも、予算は政府がどういう方針を持つつもりなのかという、数少ない政府のメッセージであると言う。
護送船団方式の時代がよかったとは思えないが、市場競争化を進める中でわれわれはメリットを享受しつつも、あらためて国際市場に乗り出そうとすると、多くの国が政官業一体となって競争している。日本が構造改革などにより、そうした体質から脱皮しつつあるというのにだ。このような時代では、企業や業界を超えた日本全体としてのメッセージが、今まで以上に必要になっている。
いみじくもNTT幹部が「NTTを巨大企業と言うが、アマゾンやグーグルに比べればはるかに小さい。今後、日本のITはどうやって世界市場に乗り出すのか」とこぼした。再編論議が話題なだけに差し引く必要があるが、ある意味、真実を射ている。日本では国際競争力の話と、国内市場の競争が、政府内ですら整理されていないのだ。現在のところ予算は、実際の支出という担保のある、唯一のメッセージと言えるが、本来的にはそれを超える確固としたメッセージが求められているように思う。混然とした予算を分離し、実効ある投資(予算)と強いメッセージを打ち出す転換期に来ているのではないだろうか。