マルティン・ルターからワエル・ゴニムへ

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電子メディアによるグーテンベルク系からの反転

 このようなグーテンベルク系に住まう「活字人間」の生存様式を変容させたのが、電子メディアの登場であった。
 1844年5月24日に、サミュエル・モールス(1791〜1872)は、ワシントン―ボルティモア間で初めて「電信」の送信に成功する。この日こそが、電子時代の幕開けとなった。
 マクルーハンは、電子メディアの特徴を、「包括的で同時的な領域」を成立させるものであると見ている。それは、電子メディアによって結び付けられた巨大な空間の広がりの中で、情報が同時に伝達されることを指している。その後、世界中に張り巡らされた電信は、「モールス・コード」を使った遠距離のコミュニケーションを瞬時に達成したのである。
 電子メディアは、電信や電話だけではなく、ラジオやTVなどのブロードキャスティングを生み出し、グーテンベルク系の活字を中心にした視覚優位を「衰退」させていく。ラジオというブロードキャスティングは、人々の聴覚的同時性を「回復」させ、TVはそれに動画を加えた。 影響力の強いブロードキャスティングは、国家によって管理される傾向にある。というのも少数の放送局が、一方的に大量の聴衆や視聴者に強い影響力を及ぼすことができるからだ。
 これらの電子メディアは、グーテンベルク系の秩序を大きく超え出るものではなかった。ラジオや映画は、音声やフィルムを文化商品へと変え、人々を受動的な消費者へと変えてしまう。その一方向的な情報の流れは、国家権力に大いに利用されることになった。例えば、戦争期の日本の同盟通信社のパンフレット(1944)には、以下のように書かれてある。
「武力戦に諸々の兵器があるごとく、ニュースを砲弾とする思想戦にも武器がある。新聞、ラジオ、映画これが三大武器である。近代兵器にたとえるならば、新聞は戦車、ラジオは飛行機、映画は潜水艦ともいえるであろうか。これに対し通信社はまさに兵器廠、砲弾製造所の役割を果たすものだ。命中確実な砲弾、ニュースを迅速に供給し、以って敵の思想人を撃破すべき世界的規模において戦うもの、それが国家代表通信社だ」
 TVもまた同様である。フランスのテレビ局TFIの会長パトリック・ルレーが述べた以下の言葉が、それを如実に表している。
 「私たちのテレビ番組の役割というのは、コカ・コーラに、人間の脳の時間を自由に使えるように売ることだ」
  民間のTV局が売り出すコンテンツは、視聴率によって価格が左右される。視聴率は、いわば視聴する人々の意識とその時間の量を表現する。広告費を収入源とするTV局は、大量に売り出した視聴者の意識の時間に、効果的に広告情報を注ぎ込まねばならない。
 このようにブロードキャスティングを行うラジオやTVなどの電子メディアは、国家や企業によって都合のよい情報を一方向的に消費者へ届けることに大いに貢献してきた。その情報の流れは、決して双方向性を基調とする「ソーシャル」な性質を持つものではなかった。
 ケーブルテレビや衛星放送の多チャンネル化したナロウキャスティングもまた、視聴者を一方向的な情報を受け取る消費者にしてしまう。ナロウキャスティングは、いわば飽和したブロードキャスティングから差異化する。ナロウキャスティングは、消費者のニーズを多様化させる多チャンネル化の戦略を採用し、新たな市場を開拓した。このナロウキャスティングは、ブロードキャスティングのような大規模な共時的イベントを発生させず、人々を個別化・島宇宙化させる傾向にある。
 だが、このようなグーテンベルク系と親和的であった電子メディアの性質は、その進歩の先端で「反転(reversal)」し、異なった論理を獲得することになる。
 マクルーハンの言う「反転」とは、あるメディアが潜在力の限界を超えて発達すると、異質な性質を獲得し、意図しない効果を生むことを意味する。
 その「反転」の契機は、軍事的目的のためにつくられたアメリカ国防総省のARPANET を前身とするパケット通信技術が、1990年代初頭に商用利用が解禁されたことであった。これによってインターネットが民間で利用可能となり、オンライン上のウェブキャスティングの道が開かれたのである。
 オンライン上のウェブキャスティングは、電話の持っていたコミュニケーションの双方向性を劇的に「回復(retrieval)」させる。というのもウェブキャスティングは、電話のように音声だけでなく、活字や映像、動画さえもコンテンツとする。これによって、それまでの一方向的な活字・映像・動画の流れが双方向的なものへと転換する。しかも電話とは異なり、その双方向性は一対一ではなく、ネットワークでつながれた無数の受信者へと一気にコミュニケートすることを可能にしたのである。
 ちなみに、マクルーハンのテトラッドの一角をなす「回復」は、衰退していた作用が、新たなメディアによって再開・活性化されることを意味する。

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