ネット犯罪捜査の現在

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捜査の省略化のため?

 

同じネット犯罪でも、麻薬に関する情報であればそれを基に麻薬取締官が、ネット詐欺であれば経済事犯の担当が直接、乗り出し通常の捜査と何ら変わらないだろう。また、不正アクセスは官民の情報漏洩、場合によっては防衛問題にすら至りかねず、高度に専門的な捜査が必要になることもある。しかし、ネットへの不適切な投稿は、まれに重大事件の端緒となるが、ほとんどの場合は単なる愉快犯や法知識を欠いたいたずらなどの単純な事例である。掲示板を見れば、不適切な投稿に「通報しました」と反応しているのは、実際の行動は別として、よく見かける光景だ。それだけに、事務処理〝的〟になることは容易に想像できるが、警察組織全体のネット犯罪に対する意識を象徴しているように思われる。

以前、本誌でWinny の開発者に対する刑事訴訟を取り上げたが、さまざまに

使いうるソフトウェアは基本的に中立な「ツール」に過ぎず本来、刑事罰の対

象に成り得ない。だが、2004年に著作権侵害行為への幇助として起訴され、2011年12月にようやく、そうした判断が最高裁によって下された。この司法当局の目的は、どこまで「罪に問えるか」という試験的な模索(巻き込まれる側にしてみると堪らないが)だったと思われるが、同時にソフト開発者全般に対する一種の警告も込められていたのではないだろうか。

こうした当局の意向が露骨に表れているのは、2012年12月2ちゃんねるの元管理者、ひろゆき氏が麻薬の密売に関する投稿を放置したとして、麻薬特例法違反幇助の疑いで書類送検されたことだ。これに関しても起訴までは難しい、すなわち犯罪として立証できないだろうというのが大方の見方である。しかし、2ちゃんねるではこの書類送検直後、不適切な投稿を大幅に削除したとのニュースが報じられた。

もちろん不法行為を助長する投稿を自主的に管理する、そうした社会道徳は2ちゃんねるほどの大規模掲示板ともなれば、自主性を重んじるネット風土から見ると残念だが、求められて然るべきだろう。しかし、それを法で罪に問うことは必ずしも一致しない。掲示板もやはり「ツール」の一種であり、不法行為を行う者が悪いのであって、Winny のときと同様に「ツールの提供」を「幇助」とされては、ネットで何も提供できないことになってしまう。

また司法当局は、新法制定など法規制の強化にも熱心だ。2012年には著作権法の改正というかたちで、違法コンテンツのダウンロードに対する刑事罰化が図られた。コンテンツを頒布する側は従来より対象だったが、受け取る側も取り締まることになったのである。違法コンテンツの規制は当然必要だが、いわば不法なブツを売る者だけでなく買う者にも罰則を設けるのは、麻薬などと同じ扱いであり、あまりに異例だろう。

この法改正には、摘発基準が曖昧なことから恣意的な捜査や逮捕が可能などといった問題が内包されているが、つまるところは発信側の規制が難しいために、受信側を規制するといった安易な発想にある。簡単に言えば、発信側が海外サーバであれば事実上、罪には問えない。しかし、今回の法改正には日本の音楽や映像などコンテンツ業界の意向が働いたと言われているが、日本語コンテンツを利用する大多数は日本人であるから、国内で法が適用できる受信側を規制すれば用が足りるということだろう。

こうした流れから透かして見えるのは、多少過激に言えば、司法当局の恫喝である。たとえ公判の結果、有罪とならず無罪であっても、容疑者というだけでほぼ犯罪者扱いされるのが日本の社会だ。善良な国民から見れば起訴されるだけで、十分に社会的な損失を蒙る。Winny や2ちゃんねる、違法コンテンツのような世論の身近にある素材を介して、社会的な不利益を訴求することで、効率のよいアピールを狙っている。そして、それと表裏一体にあるのが、重大事件になる可能性をはらむが、そのほとんどが「ジャンク」な情報の扱い、すなわち今回のえん罪事件に見られる捜査の省略化である。

 

国税庁のネット関連調査

 

デジタル・フォレンジックという概念が、司法当局に広まりつつあるのは事実だ。刑事はもちろん民事ともなれば、いまどき提出される証拠のほとんどが、デジタル機器を通して記録された「データ」である。しかし、サイバー犯罪捜査官の中途採用者が22都道府県79人と聞けば、ネット犯罪の「処理」の多くはネットの専門知識を持つ者でなく、一般警察官を教育して、その任に当たらせていると考えるのが妥当だろう。デジタルネイティブな若い世代を中心とした配置や、「教育・研修を図る」「専門官を充実させる」といった取り組みを耳にするが、その実効性には疑念を持たざるを得ない。

筆者が10年ほど前、セキュリティソフト最大手といわれる某社を取材した際、開発体制についての話を聞いた。悪質なプログラムは世界中のどこかで24時間、流れを止めることなく開発されており、闇のポータルサイトにアップロードされている。そのため、世界の各地で時差を活用してタイムラグを生じることなく、アンチソフトを開発する体制が欠かせないということだった。

もちろん、アンチウイルスの開発を主とする企業と司法当局では立場が違う。ただ、そのようなサイバー犯罪の日進月歩に対応する必要があるのは同じである。

しかし、司法当局が結局のところ、急増するサイバー犯罪への対応のなか、事務的な処理に終始しているならば、十分な経験も積めず、新たな知識も得られず、継続的にサイバー犯罪に対応していけるはずもない。曲がりなりにも司法試験によって審査される検察官、裁判官はともかく、警察はもっと真剣にサイバー犯罪に対応できる人材の育成を図る必要があるし、場合によっては謙虚に「天下りでない」民間の協力を求めるべきだろう。

同じ「官」でも脱税を追う国税庁では対照的に、ネット関連の調査を精力的に進めている。たとえば、年末に世間の耳目を集めた、大がかりな馬券投資がある。競馬予想ソフトを独自に改良してネットを介して馬券を購入、5年間で35億円の馬券を購入し36億6000万円の払い戻しを受けたというものだ。現行の解釈では、経費として認められるのは当選馬券の購入費のみであり、外れ馬券の購入費は経費とならないため、36億6000万円の当選金がほぼそのまま課税されるため、巨額の脱税事件となる。しかし、このような事例はIT化が進んだ昨今では、十分に考えられるものであり、報道によれば処分の取り消しを求めて民事訴訟を起こしたことも明らかになっており、司法の判断が待たれる。

また、ネットでの個人事業にかかる捜査も広がりを見せている。たとえばアフィリエイトによる広告収入は、広告がサイトに公開され、広告料も広告主側からの調査が容易なことから、比較的早くから取り組まれており、2008年ぐらいから摘発事例をよく見かけるようになった。近年ではオークションの広がりから、「転売厨」と呼ばれるようなオークションの転売利益の摘発も、収入の調査が難しいと思われるが見かけるようになってきた。大阪国税局によれば、ネット取引の無申告の割合はおよそ25%と言われており、馬券の購入事例のようなあらためて判断を問うべきものも含まれているが、新しいIT社会に対応しようという姿勢が強く見られる。

今回のえん罪事件を通して、司法当局を怠慢と批判する気は毛頭ない。ただ、IT社会に適合するための課題を、大きく取り違えているように感じる。インターネット・ホットラインセンターの2011年度統計では、殺害予告や爆破予告などに関する通報は、1年間で615件となっている。これら一つひとつについて詳細が報道されることはないが、今回のような安易な捜査、IPアドレスから判明すれば即逮捕、プロキシを通したり海外サーバを経由しているため特定できなければお蔵入り、といった事務処理が施されているとの懸念が杞憂であることを切に望むとともに、本当にIT社会に対応できる司法体制が構築されることを期待したい。

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