ソニー 蹉跌の系譜 プラットフォーム化に果敢に挑む「AV帝国」

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コクーン:コンセプトが早すぎた「HDD型ビデオ」

 2002年11月に登場したチャンネルサーバー「コクーン」(CSV-E77)は、結論から言うならば「市場投入の時期が一歩早すぎた」というべきだろう。当時としては巨大な「160GB」のHDDを搭載、EPモードで最大1 0 0時間、同時に2チャンネル録画可能という能力は、当時にあってまさに「怪物」だ。ちなみに「チャンネルサーバー」としてソニーは前作の「CSV-S55」を出しており、「コクーン」はこのいわば「二代目」に当たる。前述したように、ソニーはこの頃「コンテンツとハード、サービスの融合」に向けてひた走っており、コクーンはこれを具現化した商品でもあった。実際同社は同機を「ユビキタス・バリュー・ネットワーク」を実現するマルチ端末と自負、「ハードがユビキタスでN

Wにつながる環境を実現し、ハードとコンテンツやサービスがシームレスにつながることで、ソニーならではの新たな価値を提供する世界」を強調して見せている。そしてコクーンはこれを実現するために、ネット常時接続型のNW機能を備えた「ホームAVゲートウェイ製品群」の嚆矢という位置付けだった。

 地上波チューナとMPEG-2エンコーダの二段構えで2番組同時録画を実現、録画中でも他チャンネルの番組を視聴できたり、予約録画を実行中に今観ている番組を録画することも可能など、ビデオになかった画期的な技がぎっしり。加えてNW機能もふんだんに盛り込まれ、NWインターフェイスを前作の56kbpsモデムからイーサネットに変更、専用HPを介して外出先からでも録画予約を実現させている。またユーザーの好みのジャンルを認識、例えば「ゴルフ」をよく録画する場合は、後は関連番組を自動収録する「学習式自動録画予約機能」という「離れ業」まで備える。ただしDVDなど保存用の記録媒体は一切ない。ストレージは大容量のHDDに任せ、一杯になったら不必要な番組を消せばいい、という、いかにも「ソニーらしい」スマートな発想だ。

 しかし、次世代を彷彿させる「決定版」であるにも関わらず、消費者の反応は今ひとつ。最大の原因は、「一歩先に進み過ぎた」ことだ。当時、日本市場はビデオの買い替え需要としてDVDレコーダーが普及しつつあり、またHDDを備えたタイプも徐々に市場に顔を出し始めていた。実勢価格も急速に10万円を切り、こうなると同約13万円と高価で、かつDVD録画機能を持たないコクーンには分が悪い。

 消費者の大多数は案外保守的で、ビデオからDVDを飛び越えて「コクーン」へとなびかなかった。またビデオテープやDVDなど外部媒体に「物理的」に映像を記録し、物体として保存したいという願望は、ことさら日本人には強いのである。

 DVDの規格をめぐっては業界内でドタバタ劇が演じられ、松下やパイオニアが主導権を握る形で市場は動いていた。

 しかしソニーは「ベータと同じ轍は踏まない」と考えたのか、DVDレコーダーにはあまり熱心ではなく、ビデオからDVDを飛び越えていきなりHDDへと「TV番組録画機」を進化させ、消費者を誘おうと考えていたようである。

 だが、この目論見は前述のようにうまくいかず、結局ソニーはHDD&DVDレコーダー「スゴ録」を2003年にリリースした。まさに「周回遅れ」の戦略的失敗と言っていいだろう。

 今やHDDは家庭用録画機に欠かせない存在だ。その意味では、ソニーの着眼点と技術力が生かされた、いかにもソニーらしさが表れている事例と言える。

 しかし同時に、ベータの例に学びDVDをあえて遠ざけたことが、かえって裏目に出てしまった。失敗を生かすナレッジマネジメントは誰もが簡単に口にするが、残念ながらそれがいかに難しいかを示す好例とも言えるだろう。

ウォークマン: ネット対応に遅れ「i P o d」にお株を奪われる

 iPodの快進撃ぶりを今さらくどくど説くのも野暮というものだろう。周知の通り1979年の登場以来20年余にわたり営々と築き上げてきたウォークマンの牙城は、2001年に新風のごとく登場した米国発の「にくい奴」にあっけなく

崩されてしまった。

 原因については、前述のMDの項でも述べているが、1にも2にも「MP3」にまつわるソニー側の苦渋と逡巡にほかならないだろう。

 実は昨今主流となった、フラッシュメモリーやHDDをストレージとする「携帯デジタル音楽プレーヤー」の開発に関して、ソニーは「iPod」よりも2年先を走っていた。

 1990年代の終わりに韓国ベンチャーが「MP3プレーヤー」を開発、業界をあっと言わせると、ソニーは間髪入れずに99年「NW-MS7」というメモリースティック(64MB)型プレーヤーをリリース。

 ただし著作権保護を徹底させるため、MP3非対応とし、また独自開発したATRAC系(正確にはATRAC3)のコーデックに固執した。当時はすでに米国発のP2P「ナップスター」による問題が囁かれ始めていたころである。ネットを使

いコピーされた音楽MP3が自由にやり取りされるという「野放図」が、著作権侵害であるのは至極当然である。しかし現実問題としてMP3はネット環境における音楽データのデファクトスタンダードとして確立しており、これに背を向けることは巨大な市場を失うことも意味する。とはいえ世界に冠たるエクセレントカンパニーが違法コピーを助長するわけにはいかず、またソニー・ミュージックエンタテインメント(SME)という有力な音楽企業を擁する身でもある。  こうした矛盾にソニーは2000年代の大半を苦しみもがく。まさに「ハムレット」の心境といったところだろう。

 実際、このメモリースティックウォークマン(NWウォークマン)では、MP

3をATRAC3にエンコードするソフトを付けることで対応しようとした。しかし作業が煩雑な上に音質が低下するため、とりわけヘビーユーザーにはすこぶる不評で、この怨恨が後々まで「ウォークマン不信」として残った、と指摘する向きも多い。

 こうした混乱の間隙を突く形で、MP3に対応したiPodが登場。ソニー側がこれに本格的な反撃の狼煙を上げたのは、何と4年近く経過した04年にリリースしたHDD型NWウォークマン「NW-HD1」から。ただしこれも相変わらずATRAC3を踏襲したタイプで、MP3に慣れたユーザーには不評だった。さすがのソニーも「iPod一人勝ち」を看過できず、この年戦略を一変、MP3対応への〝解禁〞を打ち出すのである。

 しかしウォークマンの低迷の背景には、こうしたハード・ソフト的なテクノロジーの部分ばかりではなく、もっと広範な「仕掛け」、つまりは「いかに手軽に音楽を楽しめるか」というグランドデザインについて、アップルの方が数段上手だった、と見る向きは多い。

 例えば、携帯デジタル音楽プレーヤーはPCを通じて音楽データをダウンロードするが、PC側で楽曲をリッピングしたり転送したりするソフトを俗に「ミュージックボックス」と呼ぶ。ウォークマンでは「Sonic Stage」、iPodでは

「iTunes」がそれだ。そして後者の場合、女性や初心者でも直感的に分かる使いやすい味付けに徹している。これに対して前者は使い勝手が悪く、いかにも「玄人向き」といったスタイルである。

 また、iPodの場合、このiTunes を使いネット上で楽曲を購入できる「iTunes Music Store」を設立。後に映画やTV番組、iPod向けの各種アプリケーションの販売までも網羅する「iTunes Store」へと進化させている。アップルにとって「iPod」は自社製品の販売に消費者を誘う「ポータル」であり、これを通じて、

PCやiPhone、iPadの購入・利用につなげていこうとする壮大なビジョンが存在する。つまりハード、ソフト、サービスが横串で貫かれているイメージである。

 では翻ってソニーの場合はどうかというと、ウォークマンにこれほど大きな戦略の〝尖兵〞となることは求めていない。

 言うなれば「偉大なる音楽プレーヤー」どまりだ。ただ、こうした時代の流れで、音楽レーベルを抱えるとはいえ頑なに著作権保護にこだわる姿勢は、エクセレントカンパニーである「SONY」と評価できる点だ。企業の理念と

は何かを問いかける課題といえよう。

 iPodの台頭でウォークマンの低迷は続いているが、様々な対抗策がここへきて功を奏し始めているのか、はたまた低価格によるシェア奪取策が効き始めたのか、2010年に入ってからウォークマンの国内シェアは徐々に盛り返し、8月

には週間販売台数でついにiPodを上回っている。悲願のNW化へこのように今回はソニーの蹉跌を取り上げたが、これは同社が依然として日本、いや世界を代表する先端的AV機器メーカーであり、「SONY」というブランドは圧倒的だからでもある。裏を返せば、技術に対する妥協を一切許さず、単

に「売れればいい」という安易な手法に陥らない、ある意味「職人集団」であることが、ブランド価値を高め、そして維持しているともいえるだろう。

「良いも悪いもSONYの名が新聞に載らなくなったら終わりだ」とあるソニー社員は強調する。つまり何かと注目されるのが「ソニー」であり、ある意味「強さ」なのである。

 しかし、インターネットが急速に発達し、AV機器もかつてのような「機器づくり腕の見せ所」から、搭載されるソフトへと比重が移りつつある。極端な話、昨今の据え置き型PCのように「世界中から部品やデバイスを集めればかなりの品質のものが拵えられる」という現象がAV機器にも押し寄せている。世に言う「AVデジタル機器のPC化」だ。そしてこうした時代的変化の中で、ソニーをはじめわが国の電機メーカーが、体質改変を迫られているのも、また事実だろう。

 そんな中ソニーは米グーグルと広範な戦略提携を結び、加えて「ネットT

V」に本腰を入れるなど、悲願の「NW化」の実現に向けて大きな一歩を踏み出した。果たして吉と出るか凶と出るか、「AV帝国」の一挙手一投足に当分目が離せないだろう。

 

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