ITproのための「ももクロ論」補論①

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桐原永叔

 

 

ITサービスとの親和によって、その人気の秘密を分析されてきたAKB48。ももいろクローバーZには、そうした言説は少なく、むしろサブカル批評によって、その魅力を分析されてきた。ロングテール的と評されたAKB48と、旧来の希少性の経済で語られるももクロの違いを概観する。AKB48はなぜITサービスとの親和を語れるのか? ももクロはなぜそうした議論に加わることがないのか? ヒント探しの入口となる第1回。

第1話  安易な読み解きを拒絶するももいろクローバーZ人気はなにを示しているのか?

昨年、上梓した『ももクロ論—水着と棘のコントラディクション』(実業之日本社/共著・清家竜介)で、わたしは、ももいろクローバーZ(以下、ももクロ)とAKB48(以下、AKB)を比較するために、ITビジネスの観点から読み解くことにページを割いた。

そうした理由は、わたし自身が『IT批評』(眞人堂)という刊行物の編集長であることより、むしろAKBグループの運営当事者や「AKB言論」ともいうべきものの論者たちが、くりかえしAKBとITサービスとの親和性を述べていたことにある。

AKBグループの人気を解説するために持ち寄られたタームは、「ロングテール」「オープンソース」「ゲーミフィケーション」といったように、ここ数年にあいだに注目を浴びたIT関連のそれだった。

消費者の潜在的なニーズに訴えるももクロ

拙著が刊行された矢先、ももクロが日経BP社主催の「ITpro EXPO 2013」に出演した。「AKBでなく、なぜ、ももクロなのか?」と思ったのは、ITビジネスのトレンドから説明しやすいAKB人気に比べ、ももクロ人気はそういう説明を受けつけない部分が多くあるように考えていたからだ。『ももクロ論』には、説明困難な魅力を分析するというテーマがあったからでもある。

とはいっても、ももクロ人気は、IT分野をふくめ最新のマーケティングでは未だ発見されていない消費者の潜在的なニーズに訴えるものがあったことは間違いない。AKBグループが、ITサービスが発見した成果をショービジネスの市場で実現して成功したのだとすれば、ももクロには、現在のITサービスの議論から漏れているものが多分にあると考えてもいいはずだ。

AKBにあるものがITサービスのトレンドと一致としていればいるほど、この2グループの比較によってAKBにはない、ももクロの魅力のなかに、まだ言語化、可視化されきっていない現在の消費者に潜在する欲求を読み解くことができるのではないだろうか。

本稿でも、この2グループを比較しながら論を進めていくことになる。『ももクロ論』の第2部で、すでに述べたことを補強しながら、ITサービスのこれからのヒントを探っていくことになるだろう。

プラットフォーム化するAKB

AKBグループといえば、その投票券(権)や握手券を得るために給与の半分以上を投機することも厭わないファンを有し、その人気が時代を彩る社会現象にまでなっているアイドルであることは今さら詳述するまでもないだろう。

一方のももクロも奇抜で即興的なライブ・パフォーマンスが特徴のアイドルグループであり、その人気は(音楽ジャンルを超えたファン、スポーツファン、もしくはそれまで全くアイドルに興味のなかった層まで)年代層や趣味のクラスターを軽々と越境してファン層を広げている。

マーケティングにおけるセグメントさえ無視するような成長を遂げているといってもいい。最近では、3月15、16日に国立競技場でのライブも成功させ、今やアイドルはおろか国内アーティストのライブ動員記録を塗り替える勢いを持っている。国立競技場ライブは、非常に完成度の高いステージで、彼女たちのひとつのピークを示すエポックメイキングなものだった。

異形のキャラが登場するようなギミックのある演出を控え、ごまかしの効かないステージでありながら、大会場に相応しい編成のバックバンド(分厚いホーンセクションの音が競技場を満たしていた)を従えて安定感さえ漂わせるパフォーマンスであった。『ももクロ論』で述べたことに従えば、まさに“王道”の2文字が相応しいパフォーマンスだった。

この2つのグループを比較してみたときに端的にわかる違いといえるのは、メンバー数の差だ。SKE、HTKなどもふくめ研究生までくわえると250名を越えるAKBグループに対し、ももクロは、初期の変遷はあったものの、ここ3年は5人の固定メンバーで活動を続けている。

メンバーの量と多様性でいえば、AKBグループが圧倒しているのは比べるべくもない。このメンバーの量と多様性、さらにはそこから副次的に派生する膨大なコンテンツ量に、アマゾンや楽天などのECモールのビジネスモデルを重ねることはそれほど難しいことではない。濱野智史氏は当初からAKBグループは、クリス・アンダーソンが提唱した「ロングテール」型ビジネスの優位性を持っていると指摘していた。この濱野氏の指摘あたりから、AKBグループとITビジネスとの親和がさかんに語られるようになったと記憶している。

AKBグループのロングテールにあたる部分が、AKBグループ全体の売上のいかほどを占めているかは興味深いところだ。80%の売上を20%の商品が担うというパレートの法則で考えてみよう。2013年度の選抜総選挙の総得票数は立候補者246名に対し264万6847票である。総メンバー数の約20%にあたる50位までで200万8780票、つまり全体の75%に当たる得票数だ。投票権はCD購入で得られる。得票はそのまま売上と考えられるから、ほぼパレートの法則どおりの結果といってよい。

ここでクリス・アンダーソンを読まれた方なら、ロングテール現象はパレートの法則からのシフトであったことを思い出すだろう。そうすると、すくなくとも現在のAKBグループが「ロングテール」型ビジネスであるかは疑問を感じるところだ。

とはいえ、アマゾンが、以前は1年に1個しか売れないような商品をもラインナップに揃えることで、「アマゾンに行けば何でも手に入る」と顧客の囲い込みに成功したことになぞらえれば、AKBのメンバーをチェックすれば、きっと好みのアイドルが見つかるという手法でファンを囲い込んでいるところなどは、アマゾンのビジネスモデルと近似している。

AKBの優位は、数多くの芸能事務所からメンバーを集めることによって多数のアイドルをラインナップし、ニッチなニーズの「集積者(アグリゲータ)」として機能していることだけでなく、専用劇場という「オウンドメディア」をもち露出機会を確保していることにもある。今となってはよほどの大資本でなければアマゾンのシステムを模倣できないように、AKBグループのシステムの模倣も容易ではないだろう。

AKBに比べて、ももクロのシステムは旧態依然としている。メンバーが所属するのはスターダストプロモーションという単一の芸能事務所で、メンバーの入れ替えには限界がある。初期には1カ月だけ9人で活動していたこともあったようだが、現在ではメンバーは固定されている。ももクロは、よくも悪くも旧来の希少性の経済に左右されているといえるではないか。

宇野常寛氏がAKBグループをプロ野球機構のシステムと比較して評価したのは、それが単一チーム、個々の選手といった希少性による市場確保ではなく、永続性のあるシステムを構築したことにある。AKBグループをプロ野球機構だとすれば、ももクロは単一チームや個人選手としか対応しない。仕組み(システム)ではなく、属人的な能力・魅力といった希少性に、人気が連動している状態だ。