パサージュからネットへ〜資本主義の構造転換と消費社会の変容 第1回

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清家竜介

 

 

あたかも第2次世界大戦前夜を想起されるかのような、時代のうねりが見え隠れする2014年――。

果たして、高度に発達した資本主義社会が世界を歪ませているのか?

そして、この情報通信技術の発達は、古い社会を排除しようとしているのだろうか?

それともまったく新しい社会を準備している途上なのだろうか?

その途上ゆえに、さまざま軋みが世界各地の生じているのか?

ヴァルター・ベンヤミンのメディア論から、消費社会の変容を論じる。

 

本稿は、資本主義経済の構造転換とメディアとの関わりを歴史的に辿りつつ、現代における消費社会の機能不全と〈共(コモン)〉の復権を論じるものである。その際、ヴァルター・ベンヤミンのメディア論を基礎にする。

 

貨幣と美の交わり

 

1933年の1月、ヒトラーが、ワイマール共和国の首相に就任した。同年の3月にナチスから逃れパリへと脱出したヴァルター・ベンヤミンは、パリの国立図書館を根城にして過去の書籍をあさりながら、19世紀のパリの痕跡の探索を開始した。

ベンヤミンが透かし見ようとした19世紀のパリとは、フランスの第一帝政(1809〜14)を築いたナポレオンの甥、ルイ・ボナパルトによってもたらされた第二帝政期(1852〜70)のパリであった。

当時のパリは、万国博覧会などが開催された華やかな都市であり、様々なテクノロジーの発明により商品経済が深化し、現代に至る消費社会の萌芽が見られる場所であった。ベンヤミンは、パリの中でも、アーケードに着目する。このアーケードは、ガラスの天井と大理石を敷き詰めた通路をもった最先端の遊歩街であった。それまで店舗の奥にしまい込まれていた商品が、アーケードの中で当時最先端の素材であった鉄骨やガラスを用いたショーウィンドウを備えて、煌びやかに陳列されていた。

ベンヤミンは、このアーケードに当時の商品世界の殿堂を見いだした。それまで、巨大な聖堂や王侯貴族の邸宅や衣装を飾っていた美が、様々な商品を彩っていた。この美が何者に仕えるかということが、その時代の主役が何者であるかということを明かす指標となる。

かつての宗教を中心とした時代は、神と再び結びつくこと(religio)を「テロス(目的)」として生活が組み上げられていた。他方の近世以降台頭した市場経済を中心とした時代では、貨幣というフェティッシュ(呪物)を獲得し、蓄積によって増大させることをテロスとして、整えられている。

商品を販売し、それが購入された証として貨幣は出現する。商品とは、自らが貨幣へと交換されることを目的として存立しているものである。つまり、かつて神を賛美するために捧げられた美が、貨幣へと価値実現することを欲望する商品に捧げられることになったのである。

近世から現代へと至る時代の中心的なメディアは、貨幣にほかならない。宗教的・封建的な束縛から脱した人々は、商品交換を媒介する貨幣を紐帯として結びつくのである。貨幣は、あらゆる商品所有者の欲求の的となることによって、商品経済そのものを結びつける絆となった。

ベンヤミンの指摘する時代の首都とは、形而上学的な本体を持つ貨幣をメディアにした資本主義経済と生身の人間が生活する社会とが交流する、時代の先端部に生じた社会的空間のことであるといってよい。19世紀のパリとは、当時の最先端の資本主義経済と社会とが接触する、価値実現(商品が購入されること)の先端部であったのだ。このような祭場としてのアーケードは、現代に至る消費社会の源流に存在していると言ってよい。このパリのアーケードは、百貨店の登場によって、急速にその喧騒を失っていく。

地獄の首都における商品の攻撃

 

ベンヤミンは、価値実現の先端的な祭場であった19世紀パリを地獄の首都として眼差した。というのも資本主義経済が生み出した19世紀の首都は、20世紀において二つの世界大戦によって大量の愛国的な戦死者を生み出すことになる死の都でもあるからだ。ベンヤミンは、次世紀に大量の死者を産出する資本主義の都であるパリを透かし見ることによって、19世紀という時代の根源に遡行しようしたのだ。

第二帝政期のパリ出現には、商品経済の構造転換が介在している。当時の商品経済は、アダム・スミスが論じた小企業家たちの単純商品生産様式から大資本による資本主義的経済様式へと経済の構造が転換していく時期であった。イギリスと並ぶ先進国であったフランスにおける革命以降の商品経済の進展は、労働者と資本家との間の溝を深めていく。

フランクフルト学派の総帥であったマックス・ホルクハイマーとアドルノは、商品経済の在り方と人々の人格の在り方が結びついていることを指摘している。

アダム・スミスが描いた単純生産様式の頃、家長である小企業家達は、市場と向かいあうことによって、自ら進んで自律的に思考することを要請された。そのような自ら思考し決定する小企業家達が、近代的な啓蒙の主体を支える階層となった。けれども次第に資本が巨大化するに従って、商品経済が構造転換し、それまで自らの有する生産手段によって生産を行っていた人々は、経済競争に敗れ没落していく。

破産し没落した小企業家達は、自らを葬った巨大な資本に雇われることを余儀なくされる。それまで企業を切り盛りしていた多くの人々は、自らの思考を行使し、行動することを求められるのではなく、企業の組織人となる。

組織人とは、官僚化した上意下達の経済組織の中で、自らの行為をコントロールしなければならない存在である。自らの理性を行使する以前に、組織へと従属しなければ、自らの生活を維持することができない。商品経済の構造転換によってもたらされた資本主義的生産様式は、このような秩序に従順な人間類型を一般化させる。

このような人間類型を、アドルノは、「権威主義的パーソナリティ」と呼んだ。

アドルノによれば、権威主義的パーソナリティは、「上下関係に敏感で強い者に従順である一方で弱者に対して強圧的」「紋切り型のステレオタイプ思考で善か悪か敵か味方かなどの二価値判断に陥りやすい」「権力と金銭を正義と結びつけて人を手段として利用することが平気」、「猜疑心が強く理想に冷淡である」などの特徴も持つ。

このような人格の在りようは、現代の資本主義経済を生きる私達の社会でも頻繁に見うけられるものである。資本主義経済は、労働の場面で、自律的思考を行う能力を失い権力に追従な人格を産出するのだ。

他方の消費の場面では、単純商品生産様式の時代の美徳であった「節約」をもっぱらとする消費者像も失墜する。自らを合理的に律して、勤勉に労働し節約する主体は、商品経済の構造転換によって、その役目を終える。

美的な衣装をまとう商品群を出現させる消費社会が要請する消費主体は、美的陶酔の内にある。その陶酔をもたらす作用をベンヤミンは「ファンタスマゴリー(幻影的作用)」と呼んだ。商品は、価値実現されるために、自らが美的な幻影的作用を発出し、消費者の自然回帰願望を誘惑するようになる。ファンタスマゴリーは、商品の飛び抜けた美しさ、早さ、強さ、巨大さ、繊細さなどを演出し人々の感性を刺激する。ファンタスマゴリーは、外界との交渉の中で失われていく、全能感に包まれた胎児期や幼児期の黄金時代の記憶と繋がっている。

もちろん商品の美的衣装は、商品が購入される価値実現というテロスを達成するための計略である。ファンタスマゴリーによって、美的な幻影に囲まれた人々は、自らの自然回帰願望を刺激する商品の誘惑によって生じる白昼夢の中で、合理的な理性の働きを消失させる。

美的衣装を被った商品の典型は、文化産業によって産出される。ホルクハイマーとアドルノは、『啓蒙の弁証法』の文化産業論の中で、「娯楽とは、後期資本主義下における労働の延長である。娯楽とは機械化された労働を回避しようと思うものが、そういう労働過程に新たに耐えるために欲しがるものなのだ」と喝破している。

不易な恋愛や家族愛などを要素とした流行歌や映画などは、我々の社会に拘束された人間性を美的に演出し賛美するものである。労働者は、そのような幻影作用を持つ文化商品を休暇の間に消費することによって、心身をリフレッシュさせ、日々の労働になんとか耐えていくのである。

資本主義生産様式は、「生産(労働)と消費」の二つの場面で、単純商品生産という商品経済の曙において覚醒した人々の理性的思考を、腐食あるいは麻痺させてしまうのである。

さらに恐るべきことは、資本主義経済の根本的欠陥ともいうべき、周期的に襲ってくる恐慌である。大きな技術革新と連動した50〜60年周期で訪れる「コンドラチェフの波」、好景気とその反動としての不況との交代である9〜10年周期の「ジュグラー循環」、在庫処分と結びついた40ヶ月周期の「チキン循環」という周期的な景気循環の波に資本主義経済は痙攣的に襲われる。

特に長期的な景気循環であるコンドラチェフ循環によって訪れる大恐慌は、経済的な巨大な津波のように社会に壊滅的な打撃を与えてきた。1914年から下降期に入り1929年の大恐慌以降、慢性不況へと陥った世界経済は実のところ二つの世界大戦によって乗り越えられたのである。

近代戦争とは、その犠牲となる死者達を度外視してみれば、大量の兵器と様々な物資という膨大な商品群を一気に価値実現させ、それを蕩尽する。いわば慢性不況へと陥った断末魔の商品世界が吐き出す、強制的かつ巨大な在庫処分セールのようなものだ。そして戦費と戦後補償は、結局、諸国民の血税によって購われる。

19世紀後半以降、国民国家は国旗や国歌、様々な国家的記念碑などの美的な象徴装置によって自らを演出するようになった。既に理性を腐食させ美的な誘惑に捉えられていた人々は国民国家によって扇動され、第一次世界大戦という死地へと自ら進んで赴いたのである。

このようにアーケードを飾った美的な商品の煌びやかさと残酷な戦争は、資本主義と国民国家という二つのシステムの自己維持と結びついた同じ本質の異なった現れなのである。

ベンヤミンの批評の闘いは、多くの仲間達の命を奪った第一次世界大戦を生み出した時代の根源を理解することと、その根源から立ち現れ、自らを死においやった時代の猛威であったファシズムに対抗することにあった。美的に演出された華やかなパサージュは、二つの世界大戦という近代の地獄と地続きなのだ。

 

第2回へ続く