TVRoll.jp が模索するテレビの未来

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田所永世

TV 視聴のスタイルを変えうる新たなサービスが登場した。JVC・ケンウッド・ホールディングスがはじめた「TVRoll.jp」だ。このサービスについて詳しく訊いてきた。

 

マスメディアvsソーシャルメディア?

ツイッターやブログの一角では、ネット言論人によるソーシャルメディア礼賛の言説がかまびすしい。「マスゴミ」という蔑称や記者クラブ批判に代表されるマスメディア叩きは、まるで伝統芸能のようにネット文化の一部として定着した感がある。

だがマスメディアとソーシャルメディアは本当に対立するものだろうか。筆者はそうは思わない。東日本大震災という未曾有の大災害の報道で明らかになったのは、マスメディアとソーシャルメディアの対立ではなく、役割の違いだった。

地震直後の停電を幸いにも免れた多くの家庭にとって、いま何が起きているのかをまっさきに知らせてくれたのはテレビだった。地震直後のソーシャルメディアは、ただ「地震があった」ことが呟かれるだけで、その後もテレビで知った事実を伝える人が多かった。包括的な視点で報道してくれたのは、やはりマスメディアだった。

一方、地震直後の混乱から立ち直ると、ソーシャルメディアのあちこちで個々の現場状況を伝える書き込みが現れた。なかでも最も話題になったのは、3・11前日に金沢市から仙台市の新築住宅へ引越しをしたという一人の女性だった。そのツイートには次のような言葉が並んだ。「ツナミキタ」「しにたくない」「マジ…終わったわ」「つなみこわいよー」「早く引けコラ」「人生最高の日だったはずが人生最悪の日に…」「さようなら我が家の一階&車」。

また、福島第一原発の事故については、官邸記者会見をもとに慎重な報道を続けるマスメディアに対して、ソーシャルメディアでは不確実な流言飛語が乱れ飛んだ。デマに対しては自浄作用があるとされるソーシャルメディアだが、あまりの情報の多さに、何が正しくて何が正しくないかの判断をつけかねることも多かった。テレビ局というフィルターを通過した情報が、相対的に信頼性が高く感じられたのも無理はない。

震災報道はマスメディア、特にテレビの力を改めて示すことになった。津波の脅威を映像で伝えたのもテレビだった。正しいか正しくないかは脇において、多くの人が情報を求めてテレビにかじりつき、テレビ局もそれに応えるように一週間の特別番組を続けた。

いや、そもそも震災前だってテレビの力は衰えていたわけではなかったのだ。ネットの流行語とされる検索キーワードのほとんどは、テレビでとりあげられたもので、多くのPVを集めるブログの大半はテレビで活躍する芸能人のものだ。ネット上で語られる話題の発信源がテレビであることは、何も不思議な現象ではない。テレビこそが地理的に離れたネット民を結びつける第一の共通体験だからだ。

テレビをソーシャルメディア化するために

テレビは依然として面白いコンテンツの発信地である。この認識を共有しているのが、JVC・ケンウッド・ホールディングス統合技術戦略推進部の石井克巳氏と河野真儀氏の二人だ。

ネット(ソーシャルメディア)の興隆とテレビ(マスメディア)の衰退が叫ばれるなか、二人は対立構造そのものに疑問を抱いた。ネットは通信として、テレビは放送として、それぞれ長所を持っている。なぜ両者の良いところを取り入れることができないのか。

現代日本で、テレビ局ほどコンテンツに資金を投入している組織はない。金をかければ面白くなるわけではないが、大局的に見れば金のあるところに魅力的なコンテンツが現れるのが必然だ。豊富なコンテンツを持つテレビがもし面白くないとしたら、それは本質的にテレビが、その時に放送しているコンテンツを見るためのものであり、限られたチャンネルから選択することしかできないからにほかならない。これが二人の考えだった。

現在、地上波デジタルのチャンネル数は首都圏でおよそ9チャンネル、BSを入れるとさらに12チャンネルほど増えるが、それでも人々の多様な好みをカバーできているわけではない。ネットではおよそ無限とも言える情報が、時間帯に関係なく、そのときどきの好みの検索用語にあわせて手に入る。

それだけではない。ソーシャルメディアの発達は、能動的に検索をかけなくとも、ソーシャルなつながりの中から受動的にもたらされる情報網をも可能にしてくれた。

テレビ(マスメディア)が抱えるコンテンツを、ネット(ソーシャルメディア)の機能で結びつければ、お互いにとって有益なネットワークができあがるのではないか。そのような考えから開発されたのが、TVRoll.jp のサービスだ。

TVRoll.jp は、もともと全チャンネル録画機という企画が発端だった。

そもそもソーシャルな情報(レコメンド)は、常に一定の時間差とともにもたらされる。「昨日のあの番組面白かったよ」「いますごい発言があった」などの情報が伝えられても、テレビはその特性上、後から追体験ができない。

そのためこれまでは、事前の番組表やプロモーション情報が必須とされてきた。ビデオレコーダー以降の録画機の発達は、物理メディアでの貸し借りや予約録画によるタイムシフトの視聴を可能にしたが、それでも放送後に知った番組を後から探して観ることにはかなりの不便がつきまとう。

それを解消するために考えられたのが全チャンネル録画機だ。あらかじめすべてのチャンネルを録画しておけば、帰宅後に新聞で知った番組も、職場で話題になった番組も、後からいくらでもチェックできる。

全チャンネル録画機はなぜ流行らないのか

同じようなことを考えたのは、もちろんこの二人だけではなかった。ソニーはアナログ8チャンネルを約3週間録り貯めるレコーダー「Xビデオステーション」を、東芝は地デジ8チャンネルを約1日録り貯めるテレビ「CELL レグザ」をすでに発売している。

だが、見てわかるようにどちらも機能的に完全とは言えない。「CELLレグザ」は2TBのHDD容量をもってしても、わずか1日分しか録っておくことができない。2日前や3日前の番組が観たくなっても、観ることができない。地デジほどの容量をとらないアナログ放送向けの「Xビデオステーション」は3週間と期間は十分だが、2011年7月に停波するアナログチューナーしか備えていないのでは、これからの役には立たない。

JVC・ケンウッド・ホールディングスの二人も同じ課題に突き当たった。二人は、地デジに対応しつつも十分な記憶容量を持ち、かつリーズナブルな価格の全チャンネル録画機の研究開発に取り組んでいた。そんな折に発売されたのが、ソフィアデジタルの「アレックス6チューナーレコーダー」だ。

アレックス6は2TBのハードディスクドライブを外付けすることで、計6チャンネルを約3カ月にわたって録

り貯めることができる。その秘訣は、移動体端末向けであるワンセグ放送に狙いを絞ったことにある。ワンセグ放送は、いわゆる地デジの12分の1のデータ量しか持たない。当然、画質はそれほど良くはないが、ケータイやPCでチェックする分には問題はない。これこそ、まさに二人が考えていたハードウェアだった。

だが、アナログ放送時代に発売された「Xビデオステーション」や、「SPIDER」(PTP社)といった全チャンネル録画機はそれほど市場を開拓しなかった。実際に使ってみればこれほど便利なものはないのに、なぜ普及しないのか。価格がネックになっていることもあるが、それよりも、効果的な使い方がユーザーに伝わっていないのではないかと二人は考えていた。

「全部のチャンネルが過去何週間にもわたって録画できる」と言えば「すごいね」と反応が返ってくる。だがそれはスペックの話だ。チャンネル数と番組数という二つの指標が量的に拡大しているのだから、その「すごさ」は誰にでも簡単に伝わる。

しかし、全チャンネル録画機の本当の「すごさ」は量ではなく質にあった。テレビ番組をすべて録り貯めるという行為は、テレビ視聴のスタイルそのものを変化させるのではないかと、二人は考えていたのだ。そのために二人が取り組んでいたのが、単なるレコーダーにとどまらないソーシャルな機能を備えた全チャンネル録画機の開発だ。

その開発は市場と価格の二点から壁にぶつかっていた。

アレックス6の登場は、二人に新たな考えを与えた。ハードウェアはすでに市場に出ている。だが、レコーダーだけでは全チャンネル録画機の魅力は伝わらない。大切なのは、そのハードを使って何ができるか、あるいは生活の何が変わるかだ。石井氏は一刻も早く自分たちの考える視聴スタイルを世に問うために、アレックス6を利用することを提案した。開発元のソフィアデジタルと提携して、アレックス6を使った新しいテレビの視聴サービスをリリースすることにしたのだ。

こうしてTVRoll.jpのβ版は2011年1月、ウェブ上に公開された。今後数カ月にわたって調査を行い、正式バージョンのリリースへと結びつける考えだ。

 

テレビの視聴スタイルを劇的に変えたい

私たちは自分で思うほど能動的にテレビを観ているわけではない。新聞の番組表を毎朝眺める人も、あるいはテレビ番組雑誌を購入して情報を積極的に得ている人も、実はどちらも与えられた番組の中から選択しているのにすぎない。

予約録画機能を駆使するなら、一日の中での選択肢はより幅広くなるが、限られた情報の中から選んでいる限り万全とは言えない。何より、そこまで手間をかけて毎日番組録画をしている人がどれほどいるだろうか。「たくさん録画ができて便利」という方向性だけで考えてしまえば、それこそ全チャンネル録画機は限定されたマーケットしか持てない。

だが、多くの人にとってテレビとは、一日中つけっぱなしにしておくBGVか、余暇につけて観るひまつぶしの役割を担っている。否定的な意味合いで言っているのではない。忙しい現代人の注意を、各人の嗜好にチューニングすることなく引きつけておくことのできるテレビのコンテンツ力は賞賛に値する。

そして「なんとなく」観るには、テレビのチャンネル数はやはり少なすぎる。前述のように、地上波は首都圏でも全部で9チャンネル。番組の傾向は時間帯によって似てくるため、実際の選択肢はもっと少ない。

全チャンネル録画機があれば「なんとなく」観るにも選択肢は大幅に増える。実際の体験から言えば、選択肢が多すぎて、もはや「なんとなく」では選べないくらいに幅が広がる。そのため、好きな芸能人とか、業界のニュースとか、それこそ能動的にキーワードで絞り込まなければ観る番組を選ぶことすらできない。この感覚はネットで検索をかけているのによく似ている。

テレビとネットの体験を分け隔てているのは、まず情報の量なのだ。

TVRoll.jp の技術的な側面を担当した河野氏も、全チャンネル録画機の開発にあたって、まずは検索機能に磨きをかけることを考えた。キーワード検索やシーン検索を便利にすることで、視聴スタイルの変化を実感してもらえるのではないかと考えたからだ。だがその方向性は途中で破棄された。キーワード検索機能をどんなに強化しても、ユーザーの知っているキーワードがもとになっている以上、情報の広がりに限りがあるからだ。

その代わりとして河野氏が目をつけたのがツイッターと2ちゃんねるだ。前述のように、ネット上ではテレビ番組についての発言がかなり多い。2ちゃんねるにはテレビ番組の実況板があるし、ツイッターでもハッシュタグで呟きながらネットの向うの「知り合い」と同時視聴を楽しむスタイルが定着している。これらの発言を利用することで、ユーザーに見知らぬ番組との出会いを提供することはできないだろうかと河野氏は考えた。

考えてみれば、私たちがマスメディアを利用するのは、まだ知らない情報との邂逅を求めるからだ。マスメディアは、世の中の事象や流行を編集して届けてくれるが、多くの人々が注目したり言及したりするキーワードを拾うことで、編集機能の代替が果たせるのではないか。

こうしてTVRoll.jp は、他に類を見ないソーシャルなテレビ体験を提供するサービスとしてその姿を現すことになった。

T V R o l l . j p という家電メーカーからの提案

実際にアレックス6と連動させて、TVRoll.jp を使ってみた。

まず、アレックス6に録画された番組の一覧(過去番組表)から観たい番組を選ぶと、テレビ番組の画面とともにツイッターで語られたコメントが上から下へと流れるように表示される。

コメントは番組画面と連動しているため、テレビを観ながら皆が何を呟いているかを一望できる。コメントが画面上ではなく画面脇に表示されることを除けば、ニコニコ動画のようでもあり、またテレビをつけながら楽しむ2ちゃんねるの実況板のようでもある。

次にTVRoll.jp の真骨頂である番組検索を試してみた。ここでは過去1週間にわたって、ツイッターと2ちゃんねる上で語られたテレビに関する話題をデータベース化している。流行の話題は検索機能で探すこともできるが、頻繁に語られたキーワードを集めて「勢い」でランク付けしたタグクラウドからも見つけることができる。「勢い」とはニコニコ動画における弾幕のようなもので、ネット上の発言の盛り上がりを独自の指標で数値換算したものだ。

「勢いナビゲーター」にある「勢いグラフ」を利用すると、過去にさかのぼってネット上で盛り上がった番組を見ることができる。「勢いグラフ」にマウスポインタを乗せると、たとえば「17:58:43 日本テレビ10.00ptsNHK40.00pts」などと表示される。

これはこの時刻に、NHKの番組を観ながら呟いた人が、日本テレビの番組を観ながら呟いた人の4倍に上ったことを示している。

これまでテレビの視聴に関する数値は視聴率しかなかった。しかし視聴率では番組が観られているかどうかがわかっても、視聴者の満足度まではわからない。しかも、この視聴率は全テレビ受像機から集められるものではなく、全国でわずか6250世帯にしか測定器は設置されていない。TVRoll.jp の「勢い」は、まだ粗い試みとはいえ、テレビ視聴に新たな指標を持ち込もうとするものだ。

またユーザーはテレビ番組の一部分だけを切り取ったロールを作ることもできる。録画番組に対する編集作業のようなものだ。テレビ番組は通常、30分や1時間といった長さで放送されることが多いが、これは番組編成上の都合であってコンテンツ内容に即したものではない。

かつて音楽産業において、レコードが収録できる時間にあわせてアルバムの長さが決められていたように、テレビ番組もコンテンツ内容ではなく放送の枠にあわせて編集されている。だがiPod に代表される携帯型ミュージックプレーヤーが普及した現在、好みでない曲も混ざったアルバムを、頭からお尻まで我慢して聴くようなスタイルは崩れた。1曲単位で購入できる楽曲を好きな曲順に編集して楽しむのが現在の音楽視聴スタイルであるのなら、テレビ番組も好きなシーンだけを切り取っていけない理由があるだろうか。

テレビをいま一度コミュニケーションの道具に

全チャンネル録画機のアレックス6とTVRoll.jp は一見、既存のテレビ局のビジネスモデルに対する挑戦であるかのように見える。だが、TVRoll.jp開発者の二人の考えはそうではない。質、量ともに膨大なテレビのコンテンツが、ネット上で過去にさかのぼって楽しめるようになることで、ユーザーがテレビの魅力を再発見すると二人は考えている。

そのためにはテレビ局はこのような新しいサービスとのWIN-WIN の関係を構築することが必要だ。もし、アレックス6の録画機能を利用した現在のTVRoll.jp のサービスそのものが拒否されるようであれば、ネットとテレビの融合はまた何年も遅れることになるだろう。

かつて、テレビは茶の間の王様と言われていた。黎明期には街頭テレビに多くの人が群がり、数の少ない家庭用テレビを買った家は、近所の大人たちのたまり場となった。そこでは、現在の2ちゃんねるやツイッターのように、ゆるいつながりの顔見知り同士がテレビ番組を媒介にひとつになって盛り上がる姿が見られたことだろう。その名残は、いまでもパブリックビューイングなどで見ることができる。

だが、テレビが一家に一台の時代を経て、一部屋に一台となった現在では、家族がそろって居間のテレビを観る光景は失われた。子どもは子ども部屋でアニメに興じ、母親が寝室で韓流ドラマにふける間、父親は居間でひとり野球を観ているのだろうか。

テレビはひとりで観てもつまらない。TVRoll.jp では、ツイッターのアカウントを通じて、テレビを観ながら流れるコメントに参加することもできる。テレビ(マスメディア)のネット(ソーシャルメディア)化とは、再びテレビをコミュニケーションの道具とするためのひとつの試みなのだ。